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【癒しのことば】Vol.704 2006/8/23
総発行部数:16,432部
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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
平日毎日配信
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「自由であろうと望んだ瞬間に、人は自由となる」
-- ボルテール(フランスの小説家)--
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私たちは悪をなす自由があるし、人を殺すことが役割だという人もいる。
……などと言ったら、
「???」
という感じでしょうか。
もちろん、私も、悪ではなく人のために善をなすことが大切だと思いますし、
人を殺めるなどの凶悪犯罪は、この世界に存在しないことを願っています。
でも、この世界に生まれてきた私たちには、「自由」というものが与えられ
ています。
どんな道でも、自分で選ぶことが許されているのです。
まあ、こんな考え方もあるものだ、くらいに思ってくださいね。
神様の存在を信じている人にとっての、最大の疑問は、
『神が人を創造したのなら、どうしてすべての者が、良い方向を志すように
生み出されなかったのだろうか。
どうして、悲惨な戦争や、悪事を働く人を生かしているのだろうか』
ということではないでしょうか。
その答えは、最終的には「私たちには自由があるから」ということになるの
かも知れません。
神がこの世界や人を創造したかどうかは別として、もしも、すべての人の存
在が、ただ善という方向に進むために、労わりと慈しみを持ち世界を明るく
するためにあるとしたら、そんな不自由なことはありません。
進むべき方向が決められていることになるのですから、その方向以外には進
むことができなくなってしまいますね。
もちろん、私たちの魂の志向は、善や平和、穏やかな世界だということはで
きます。
しかし、それが善なのかということは、悪という存在がないと知ることがで
きません。
今が平和かどうかは、かつて味わった不安や恐怖があるからこそ、わかるも
のです。
この世界は、私たちは、さまざまなことを味わう場だとお伝えしました。
平和や幸せ、善に関しては、ある意味、私たちは、もうすべてを知り尽くし
ているのです。
かつては、いつも平和のなかにいたから、それが平和なのかどうかなんて、
考えることもしていなかったのです。
だから、私たちには、悪を犯して深い慙愧の念にかられることで、多くのこ
とに気づくという自由もあります。
また、そんな役割の人がいるから、辛い体験を味わう人たちもいるし、平和
の大切さを改めて痛感することもあるのです。
だからといって、罪が許されるわけではありません。
肉体の罪は、法によって裁かれて刑を受けることになります。
魂の罪も、やはり罰を受けることになるのです。
それはそれで、また意味のあることなのです。
これはまた別のお話になるので、ここでは深くは触れませんが、知っておい
ていただきたいのは、私たちに与えられている「自由」は、けっして狭い範
囲に限ったものではないということです。
また、単にネガティブ体験をするためにあるのでもありません。
私たちは、どこにでも行く自由があるし、何でもする自由があるのです。
でも、自由を考えすぎて、自分を不自由にしている人もけっこういるようで
す。
これはダメ。
こんなことをしてはいけない。
それは間違っている。
そんなことを思ってしまう瞬間に、それは本当の自由ではなくなっていまし
ます。
そりゃ、肉体を持っている以上、制限や従わなければならない社会のルール
があるでしょう。
それは、それで必要なことなのでしょう。
それでも、本当は私たちは、「何でもあり」の存在なのです。
魂が望む、どんなことでもできる自由があるのです。
自分で創りだした不自由で、自分を裁いたり規制したりするのはやめましょ
う。
過去に行ったすべてのことは、あなたに自由があったからだと信じてみまし
ょう。
自分を、自由という広大な世界に解き放つのです。
ただそれを頭の片隅に置いておくだけで、生きるのが楽になる方も多いので
すよ。
