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No.699

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【癒しのことば】Vol.699 2006/5/24       

  総発行部数:16,748部
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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
                             平日毎日配信
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 「どっちにすればいいか分からないときは、
どっちにしてもうまくいく」

                     -- 中谷彰宏(作家)--

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 気がつくと、あなたは細い綱の上を歩いています。
 ふらふらと揺れる綱を、落ちないように、何とかバランスを取りながら恐る
 恐る進んでいるのです。

 さっきまでは無事に歩いていられたのですが、今は、何だか身体が傾いてし
 まいます。

 ふと目をやると、いつの間にか、右腕で少し重みのある木箱を抱えています。
 
 そういえば、少し前に、とても大切なものを、落としたり誰かに盗られたり
 しないように、この木箱に入れたような記憶があります。

 あなたは、それを思い出して、木箱を抱える腕に力を入れました。

 でも、このままでは、木箱の重さで身体が傾いてバランスが取りにくいので
 す。

 そこで、一生懸命にまわりを探して、同じくらいの重さの箱をみつけて、左
 腕に持つことにしました。

 これで左右のバランスは、少しは取れたような気がします。
 
 ところが、今度は、どうしても身体が前の方に傾いてしまいます。
 両手に持っている箱のせいのようです。

 あなたは、さらに別の重い箱を探し出し、背中に背負ってみます。

 さっきよりは、バランスは取れそうですが、どうも、右の前の方が重過ぎる
 ようで、歩いている綱から落ちてしまいそうになってしまいます。
 
 あなたは、小石を手に入れ、それをズボンのポケットのなかに入れてみます。
 それでも、まだ完全にバランスが取れないので、さらに小石を集めて、ズボ
 ンの反対のポケットや、胸のポケットにも入れてみました。

 それでもダメなので、クツのなかに小石を入れてみたり、重い石を入れたリ
 ュックサックを背負ってみたり。

 頭の上に分厚い本を乗せたりもしてみましたが、なかなかうまくバランスは
 取れないのです。

 そうこうしているうちに、いろいろなものを持ったり身体に付けすぎて、重
 くて重くてたまらなくなってしまいます。
 
 とうとう、こんな細い綱の上で、もう一歩も前に進むことができなくなって
 しまったのです。
 どうすればいいのか、わからなくなってしまったのです。


 しばらくは、そんなふうに途方にくれていましたが、やがて、ふと気づいて、
 身体に乗せた重りをひとつ外して捨ててみました。

 すると、少しだけ身体が軽くなりました。
 
 さらに、捨てた重りの分のバランスを取るために、反対側のものも捨ててし
 まいます。
 
 もっと身体が軽くなります。

 あなたは、次から次へと、身体の上の重りを捨てて行きます。

 どんどん身体が軽くなっていくではありませんか。

 ついには左手に持った箱を捨て、残っているのは、右腕に抱える木箱だけに
 なりました。

 あなたは困ります。

 この木箱のなかには、とても大切なものが入っているはずです。
 捨てたくはありませんが、このまま持ち続けていると、バランスを崩して、
 綱から落ちてしまいそうなのです。

 かといって、木箱から大切なものを出すと、無くしたり盗られたりしてしま
 うかも知れません。

 でも、せっかくここまで身軽になれたのです。
 木箱を捨てるつもりで、思い切って開きいてみました。

 木箱のなかには、不思議なことに、何も入ってはいませんでした。

 その瞬間、すべてがわかりました。

 本当に大切なものは、こんな木箱には入っていないのだと。
 それは、自分のなかにこそあるものだと。

 そして、ありもしないものを守るために、余計なものを身につけることなど
 なかったということを。


 ……なぜ立ち止まっているのですか。

 何を守ろうとしているのですか。

 あなたが決めさえすれば、あなたの望みは、すべて叶うということを、本当
 は知っているはずなのに……

No.698

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【癒しのことば】Vol.698 2006/5/10       

  総発行部数:16,808部
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 「今日を楽しめ。
  自分自身の人生を忘れがたいものにするのだ」

       -- N・H・クラインバウム(『いまを生きる』より)--

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 誰にでも、何かに行き詰ったり、苦くて前に進むことができないというとき
 があるでしょう。

 その理由は、「がんばっている」からです。

 だから、楽になるためには、がんばらなければいいだけのことなのです。


 ……と言うと「どうしてがんばってはいけないんだ。がんばることはいいこ
 とではないか」と反発する方もいらっしゃることでしょう。

 でも、そんな人は、ひょっとしたら「がんばらなければならない」病に冒さ
 れているのかも知れませんよ。

 なぜなら、そんなふうにがんばればがんばるほど、そして、がんばらなけれ
 ばならいと思えば思うほど、目の前の問題は大きくなっていくからです。
 いつしか、何のために問題を解決するのかということを忘れて、がんばるこ
 とが重要だと思うようになってしまいます。

 知っておいていただきたいことは、「何かに抵抗しているあいだは、その何
 かはいつまでもなくなることはない」とうことです。

 物事が存在するためには、エネルギーが必要です。
 
 問題に抵抗することで、問題の存在を認め、一生懸命にそこにエネルギーを
 注ぎ込んでいることになるのです。
 その結果、問題は、ますます大きくなっていきます。


 だけど、がんばって問題を解決したことも、何度もあるよ!

 もちろん、そうです。
 しかし、そんなときの状況を考えてみてください。

 きっと、問題そのものに抵抗してがんばっていたのではなく、

 「どうすれば今の状況が改善していくのだろうか?」
 「どうなればいちばん良いのだろうか?」

 というところに、エネルギーを使っていたのではないでしょうか。

 そんなときには、大いにがんばりましょう。
 それは、自分の人生を良い方向へ進むことに対してがんばっていることなの
 ですから。


 いくらがんばっても、一向に物事が良い方向へ進まない。 
 がんばればがんばるほど、苦しくなっていく。

 そんなふうに思えるとしたら、それはがんばってエネルギーを注ぐベクトル
 を間違っているからです。

 虫の好かない、嫌な人がいたとします。
 その人のやることがすべて気に喰わず、腹が立ってきます。

 その人を何とかして変えたい、などと考えてがんばっていると、ただ疲れて
 しまうだけです。
 あなたががんばればがんばるほど、その人は、ますます、あなたにとって嫌
 な存在になるでしょう。

 だって、自分がこれだけ、その人のためを思って、一生懸命になっているの
 に、その人は何一つ変わらないのですから。 

 つまり、その人は、前とまったく同じなのに、がんばればがんばるほど、あ
 なたの見方が変わり、さらに嫌な存在になっていくのです。

 それよりも、「その人はそんな人だ」と考え、何の期待も持たずに、その人
 を見るようにしてみるとどうでしょうか。

 嫌なことをしても、そんなことをする人なのだし、気になることがあっても、
 そんな人なのです。
 そう思うと、腹が立つこともありませんね。


 問題に抵抗するエネルギーがあるのなら、あなたの人生をもっと良くするこ
 とに費やしましょうよ。
 そこにこそ、本気でがんばる値打ちがあるのです。


 太陽はいつも輝いています。

 日陰になるのは、ただ雲があるからです。
 暗いところにいることを嘆いたり、雲をどこかへやろうとがんばっていては、
 疲れるだけです。

 雲が流れていくのを待つか、自分が太陽の見えるところまで移動すれば、そ
 れでいいことなのですね。


 前に進むために、そして、さらに魂を向上させるために……

 がんばるのをちょっと休んで、もっともっと今という瞬間を楽しんでみても
 いいのではないでしょうか。

No.697

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【癒しのことば】Vol.697 2006/5/9       

  総発行部数:16,820部
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 「私は人生を、魂の力を試す材料だと考えている」

          -- ロバート・ブラウニング(イギリスの詩人)--

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 生まれた瞬間から、「痛み」は、私たちの良い友達だったのです。

 そう、「痛み」は、いつも私たちを助けてくれていたのです。

 ……と考えることはできないでしょうか。


 あなたが生まれるほんの少し前。
 つまり、お母さんの胎内にいるときには、平和で満ち足りた気分でいること
 ができました。

 へその緒を通して、常にお母さんから栄養が送られてきましたし、おおむね
 お母さん、そして、ときたま声が伝わってくるお父さんは、愛情を注いでく
 れていたのです。

 何も心配はありませんでした。
 どんなものからも守られているように思えました。

 ところが、ある日、突然、あなたの身体は外へ押し出されようとしているこ 
 とに気づきます。

 頭がペシャンコになるまで、狭い産道に押し付けられ、やっとの思いで広い
 ところへ出たと思ったら、そこは、お母さんの身体のなかとは全然違う、騒
 音と冷たさがいっぱいの世界。

 いつも自分の身体を満たしてくれていた暖かい羊水もありません。
 身体が重くなったように感じるし、とても恐ろしい気持ちになってきます。

 この世界に生まれた、あの瞬間。
 あなたには、強烈な「痛み」が襲い掛かってきたのです。

 そこであなたは、声を上げて泣きはじめます。

 泣くことも出来ずに怯えているとしたら、いきなり、お尻をひっぱたかれた
 りしてしまいます。


 何も悪いこともしていないのに、どうしてお尻を叩かれなくてはならないの?
 今まで、暖かく幸せな世界にいたのに、どうして、こんな辛い世界に連れて
 こられなくてはならないの?

 あなたは悟ります。 

 この世界は、理由もなく痛い目にあわされる不条理で理不尽な世界だと。
 人々は、スキあらば痛い目に合わせてやろうと、あなたを待ち構えている、
 恐ろしい世界だと。

 人によっては、自分が悪いことをしてしまったから、「痛み」を感じること
 になったのだと信じ込んでしまい、罪悪感が、人生の基調和音になっている
 こともあります。

 生まれた瞬間ではなくても、遅かれ早かれ、あなたは「痛み」の手厳しい洗
 礼を受けることになるでしょう。


 身体の「痛み」も、心の「痛み」も同じことです。

 「痛み」はイヤなもの。
 できれば、顔を合わさずに逃げてしまいたい。
 自分が悪いから「痛み」を与えられるのだ。
 自分の存在自体が間違っているから、「痛み」という罰を受けることになる。
 どうして、自分ばかりが「痛み」を受け続けているのだろう。
 この「痛み」さえなかったら、もっと人生は開けるはずなのに、、、

 そんなことを思っている限り、この世界は、そんな「痛み」に満ち溢れた、
 とても苦しい世界に思えることでしょう。

 
 だけど、そもそもあなたが、「痛み」はイヤだと思い知らされることになっ
 た、生まれた瞬間のことを考えてみましょう。


 いくらお母さんの胎内が平和だったからといって、いつまでもそこにいられ
 るはずはないでしょう。
 それに、あなたは、そこで、この世界に出て行く準備をしていただけなので
 す。

 この世界でしか見ることができないものを見るために。
 もっと、自分のすばらしさを磨くために。

 
 あのとき「痛み」を感じたから、
 お尻を思いっきりひっぱたかれたから、

 あなたは泣くことができて、空気を思いっきり吸い込むことができたのです。
 それで呼吸をすることを覚えたのです。

 少々厳しいやり方ですが、実は、この世界のやり方は、いつもそんな感じな
 ってしまうようです。
 
 いちいち理屈や理由を説明していては、命が持たないですからね。


 そのときにはわからなかったとしても、今になれば、それがあなたを助けて
 くれていたということがわかるでしょう。
 
 「痛み」を振り返るのはイヤだと避けていたのかも知れませんが、少し後に
 なって目を開いてみてみれば、どんな「痛み」でも、あなたに何かを教えて
 くれていたのだということがわかるでしょう。

 見るか、見ないか、の違いだけです。

 そして、逃げずに見ることをすれば、もっと早く、そのうえ楽に、「痛み」
 から、必要なことを学ぶことができるのです。

 「痛み」は、あなたの友達なのです。
 あなたのために、いろいろなことを気づかせてくれるのです。

 手っ取り早いのは、「痛み」を楽しんでみることです。

 
 ……今のあなたのその「痛み」
 魂の力を強くする、とても大きなチャンスかも知れませんよ。

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