いじめで悩む前に

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No.367

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【癒しのことば】Vol.367 2002/2/13        
 総発行部数:14,019部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「ものごとの意味は、それ自身に内在するのではなく、
  ものごとに対する我々の姿勢のなかにある」

          -- サン・テグジュペリ(フランスの作家)--

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 画家は絵を描くことで、自分自身を知ります。

 自分の内側にあるイメージや衝動を、キャンバスという外側に表現して、そ
 れを見つめたり、その作品に対する他の人の評価によって、いろいろな角度
 から今の自分の位置を確認するのです。

 そして、ちゃんと認めることを認め、学ぶべきことを学びながら、それを生
 かしてさらに成長していくのです。

 同じように、歌手は歌うことで、職人はものを作ることで、販売員はものを
 売ることで、自分自身の姿を知ることができます。
 あるいは、仕事に限らず、家事をすることでも、スポーツで汗を流すことで
 も、本を読むことだって、受け取る気持ちがあれば、すべては私たちが本当
 の自分を知り、何かを学ぶために役立つもののようです。

 そう考えてみれば、私たちが、今、生きて、自分がやろうとしていることを、
 とにかく楽しむことこそが、本当にすばらしいと言えるのではないでしょう
 か。

 失敗など恐れることはありません。
 もちろん、ものごとがうまく行くに越したことはありませんが、うまく行か
 なかったことからでも、あるいは、かえって手痛い失敗をしたことからの方
 が、たくさんのことを学べるのかも知れません。

 大切なのは、
 「自分が何を経験するか。それがどんな意味を持っているか」
 を考えるということではなく、
 「経験したことを、どう自分にとって望ましい形で意味づけるか」
 ということなのではないでしょうか。

 どんなにプレッシャーを感じる場面でも、それを自己実現の機会だとワクワ
 クしながら立ち向かえば、きっと本来の自分の力を思い切り出し切ることが
 できるでしょう。

 でも、考えすぎて、それを重圧と受け取ってしまえば、緊張して普段の力も
 充分に出せないことになもなりかねません。

 さらに、自分らしくがんばることができたなら、失敗したとしてもクヨクヨ
 することはないでしょうし、今の自分の姿をキチンと理解して、そこから多
 くのことを学んでいけるのです。

 そして、「次こそはやってやるぞ」と前向きに気持ちを切り替えることがで
 きます。
 
 ところが、失敗してはいけない、絶対にうまくやらなければならない、ちゃ
 んと人から認めてもらうように努力しなくっちゃ、と強く思っていると、や
 っていることが苦痛になってしまうのではないでしょうか。
 
 ちょっとうまく行かないことがあれば、自分は「ダメだ」と思い込んだり、
 失敗の責任を、どこか他の所に求めてしまうかも知れません。

 それに、たとえ成功したとしても、その過程が長く苦しく感じれて、結果を
 よろこぶどころではないでしょう。
 これでは、何かを学ぶどころか、毎日がつまらなくなってしまうようですね。


 仕事や勉強、人間関係、家族、恋愛……

 自分が今、やっていることに苦痛を感じているとしたら、ちょっと立ち止ま
 って、ものごとに対する自分の受け取り方を感じてみてはいかがでしょうか。

 私たちが出会うすべてのことは、きっとそれを思いっきり楽しむことで、自
 分を表現して、自分を知り、大きくなっていくために私たちの目の前にある
 のでしょうから。

No.366

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【癒しのことば】Vol.366 2002/2/6        
 総発行部数:14,013部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「真の心の平和は、最悪の事柄をそのまま受け入れることによって得られる。
  心理学的に考えれば、エネルギーを解放することになるからであろう」

                 -- 林語堂(中国の文学者)--

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 仏教の『涅槃経(ねはんぎょう)』という教典に、こんな話があります。


 ある家を、高貴な身なりをした美しい女性が訪れました。

 「あなたは、どなたですか?」
 と対応した主人に、彼女は告げます。
 「私は、吉祥天(きっしょうてん)という女神です。この家に福徳安楽を授
  けるためにまいりました」

 これを聞いた主人は、大喜びをして、吉祥天を家に招き入れます。

 ところが、気がつくと彼女の後に、もうひとり、見るからにみすぼらしい姿
 をした女性がいて、一緒に家に入ってこようとしているのです。

 「あんたは誰だ!」
 主人が声をかけると、その女性は、こう名乗りました。
 「私は、黒闇天(こくあんてん)。人に災いを与える女神・・・」

 それを聞くなり、主人は、
 「なんだと! そんな奴に、家に入られてたまるか。とっとと出て行け!」
 そう怒鳴って、黒闇天を追い払おうとします。
 
 すると黒闇天は、こんな捨てゼリフを吐いて出ていきました。
 「愚かな人だねぇ。私は吉祥天の妹で、いつも一緒にいるのさ。私を追い出
  すのなら、必ず姉さんも出ていくよ」

 そのことば通り、吉祥天も黒闇天の後を追うように、その家を後にして出て
 いってしまったということです。


 私たちの人生は、いつも順調にいくとは限りません。
 ときには、苦しいことや辛いことに出会うこともあるでしょう。

 そんなときには、
 「何で自分だけが、こんな目に会わなければならないいだ」
 と、つい自分の運命を呪ったり、そこから逃げ出してしまいたくなります。

 でも、災いをもたらす黒闇天がやって来たということは、絶対に吉祥天だっ
 てそばにいると考えることもできますよね。

 ひょっとしたら吉祥天は、私たちに貴重なプレゼントを与えてくれるために、
 ベストなタイミングを選んで訪ねてくれているのかも知れません。
 そして、私たちにプレゼントを受け取るだけの準備ができているかどうかを
 確かめるために、まず黒闇天が会いにきたのではないでしょうか。

 そのプレゼントとは、私たちの「成長」や「強さ」、そして「幸福」や「真
 の心の平和」などです。

 だとしたら、黒闇天を追い返すどころか、むしろ歓迎して温かく受け入れる
 くらいの気持ちを持った方がいいのではないでしょうか。
 そうすると、吉祥天も安心して顔を覗かせてくれるのかも知れません。

 そう、辛いことから逃げずに立ち向かえば、いつかは明るい光も見え、それ
 を乗り越えていくことができるでしょう。
 そして、そんな経験が私たちを大きく、強くしてくれるのです。
 
 だって、そのために吉祥天は、わざわざ私たちを選んで来てくれたのですか
 ら。
 
 本当は、受け入れようという気持ちさえあれば、私たちが出会うことのすべ
 てが、とても大きなプレゼントなのですよね。

No.365

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【癒しのことば】Vol.365 2002/2/1        
 総発行部数:14,089部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「絶対に失敗しないとわかっていたら、何をしてみたいですか?」

          -- ロバート・シュラー(アメリカの宗教家)--

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 聖書にアダムとイブの話があります。

 エデンの園で幸福に暮らしていた彼らは、神様から、
 「善悪を知る知恵の木の実は、絶対に食べてはいけない」
 と言われていました。

 ところがイブは、ヘビにそそのかされて知恵の木の実を食べ、アダムもまた
 口にしてしまうことになります。

 神様に、なぜ食べたのかと問われたアダムは、
 「この女が食べろと言ったので……」
 といいわけをしました。

 さらにイブも、
 「ヘビにだまされたので食べてしまったのです」
 と弁解したとされています。

 そこでアダムとイブは、神様の怒りをかい、エデンの園を永遠に追放される
 ことになったということです。

 
 もちろんアダムとイブが、幸せで自由な楽園から出なければならなくなって
 しまったのは、神様との約束を守らず、禁断の知恵の実を食べてしまったか
 らなのでしょう。

 でも、ひょっとしたら本当の理由は、せっかく得た知恵という力を、正しく
 使わずに、自分を守るためのいいわけに使うようになってしまったからなの
 ではないでしょうか。

 物事が自分の思い通りにならなかったとき、私たちは、多くの場合、それを
 「どうやって」自分の望む方向へ変えていこうかというよりも、「なぜ」で
 きないのか、といういいわけを思い浮かべてしまいます。

 「才能がないから、うまくいかなかったんだ」
 「忙しくて時間がなかったからなぁ」
 「もし、あれさえ持っていれば、何もかもうまくいったのに……」

 そうやって自分を正当化して、自分を守ろうとしてしまうのです。
 正当な理由があれば、それ以上にがんばることもないですし、自分を変えて
 いく必要もないのです。

 何といっても私たちにとって、未知なる世界への進んでいくことほど、恐怖
 を感じることはないようです。
 たとえそれが、より良くなる変化だとしても……

 どうせ知恵を使うとしたら、「なぜ」そうなったのか、ではなく「どうやっ
 て」、自分の望む方向へ進んでいくのか、ということに意識を向けてみては
 いかがでしょうか。
 
 「できない理由」を考えるよりは、「どうすればできるのか」ということを
 考えてみる方がずっと建設的なようです。

 知恵の木の実を食べて、人間が失ってしまったことはたくさんあるのでしょ
 う。
 でも、それを数えるよりは、知恵の実を食べることによって、手に入れたこ
 とに意識を向けてみましょうよ。

 私たちは、自分で考えて、自分の力で、自分の望む世界を自由に創りだして
 いくことができるのです。

 知恵の力、意識の力を持っているからこそ、できると思えば、どんなことだ
 ってできるのですよ。

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