No.728 ヴィクトル・ユーゴー
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「大きな悲しみには勇気をもって立ち向かい、小さな悲しみには忍耐をもって立ち向かえ。
一日の仕事を終えたら安らかに眠れ。あとは神が守って下さる」
– ヴィクトル・ユーゴー(フランスの小説家)–
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「企業」は、「企」と「業」という漢字でできています。
「業(仕事)」を「企てる(くわだてる)」と読めますね。
このなかの「企」という字ですが、分解すると、「人」を「止」めるとなります。
ということは、人の足を止める(人を集める)ような仕事をしているところが、「企業」ということになります。
しかし、足を止める人、集まる人、つまり働いている人やお客様が、だだの「人」の集まりとして「止」まっている限り、「企業」は、いつまでたっても「企業」で変わるはずはありません。
「企業」の「企」が「企てる」のままなら、計画をしたり、事を始める手順を整理しているということですから、これはまだいいでしょう。
ところが、同じ「企」でも「企む(たくらむ)」になってくると、辞書を調べてもあまりいい意味は出てこないようです。
悪いことをしようと考えるとか、よからぬことを企むとか……
見方によっては、人それぞれが、ずっと何かの思惑を企みながら仕事をしているのが「企業」ということになってしまいます。
だから、「企業」が問題を起こして、トップが頭を下げている様子が、よくテレビに映ったりしていますね。
ところが、この「人」という字が、「一」になったらどうでしょう。
働く人たち、集まる人たちは、ひとつに固まるのです。
すると、「企業」は、「正業」になってしまいます。
「正業」と聞くと、本当に清く正しく、社会に貢献できる仕事をしている会社のイメージになりますね。
仏教の八正道のひとつにも、正しい行いとして、「正業」が入っています。
人々がバラバラで、それぞれの思惑で仕事をしている「企業」
みんなが一致団結して、ひとつの目標に向かって働いている「正業」
同じ仕事でも、何か根本的なあり方の差が、大きな違いになって現われてくるのかも知れません。
「人」という漢字に関して、もうひとつ。
人が長い辛抱をすると、できるものとは何でしょう。
それは、「お金」です。
「金」という字をバラしてみると、やっぱり一番上は「人」ですね。
そして、その下に、カタカタの「ニ」と、「ハ」(ちょっと苦しいですが……)があるように見えます。
真ん中には長い心棒の「1」があり(これも苦しいですね)、最後に、「一」が続きます。
そう、「人」「ニ」「ハ」「1」「一」で「金」
『人には、長い心棒(辛抱)が一番』
「辛抱強く、がんばっている人こそが、お金を手にすることができる」
ということになるのでしょうか。
まあ、「お金」と言い切ってしまうと、どうしてもいろいろな先入観が出てきますから、「金(きん・ゴールド)」を持つことができるとしておきましょう。
「金」は金属のなかで、最も高貴なものとされています。
だから、
「長く辛抱して、ひとつのことを続けられる人は、いつか必ず、一番尊いものや栄光を手に入れることができる」
途中で挫折したり、あちらこちらへ気持ちが揺れてしまう「人」は、いつまでたっても「金」になることができないということですね。
また、あせって事を急いでも、結局は、「金」持ちにはなれない、ただの「人」で終わってしまうのでしょうね。
ただのことば遊びに過ぎませんが、なかなか面白いものが見えてくるような気がします。
人間ですから、どんなときでも、清く正しくとはいかなくても。
苦しくて涙を流してしまっても、がんばりきれなくて、立ち止まって一息ついたとしても。
そんな自分だって、受け入れてみましょう。
元気になったら、また目の前のことに最善をつくす。
自分の道を正しく歩いていく。
それこそが、「金」色に光輝き、豊かさや幸せを手に入れる近道なのでしょうね。
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2006年12月26日
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