No.697 ロバート・ブラウニング
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「私は人生を、魂の力を試す材料だと考えている」
– ロバート・ブラウニング(イギリスの詩人)–
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生まれた瞬間から、「痛み」は、私たちの良い友達だったのです。
そう、「痛み」は、いつも私たちを助けてくれていたのです。
……と考えることはできないでしょうか。
あなたが生まれるほんの少し前。
つまり、お母さんの胎内にいるときには、平和で満ち足りた気分でいることができました。
へその緒を通して、常にお母さんから栄養が送られてきましたし、おおむねお母さん、そして、ときたま声が伝わってくるお父さんは、愛情を注いでくれていたのです。
何も心配はありませんでした。
どんなものからも守られているように思えました。
ところが、ある日、突然、あなたの身体は外へ押し出されようとしているこ とに気づきます。
頭がペシャンコになるまで、狭い産道に押し付けられ、やっとの思いで広いところへ出たと思ったら、そこは、お母さんの身体のなかとは全然違う、騒音と冷たさがいっぱいの世界。
いつも自分の身体を満たしてくれていた暖かい羊水もありません。
身体が重くなったように感じるし、とても恐ろしい気持ちになってきます。
この世界に生まれた、あの瞬間。
あなたには、強烈な「痛み」が襲い掛かってきたのです。
そこであなたは、声を上げて泣きはじめます。
泣くことも出来ずに怯えているとしたら、いきなり、お尻をひっぱたかれたりしてしまいます。
何も悪いこともしていないのに、どうしてお尻を叩かれなくてはならないの?
今まで、暖かく幸せな世界にいたのに、どうして、こんな辛い世界に連れてこられなくてはならないの?
あなたは悟ります。
この世界は、理由もなく痛い目にあわされる不条理で理不尽な世界だと。
人々は、スキあらば痛い目に合わせてやろうと、あなたを待ち構えている、恐ろしい世界だと。
人によっては、自分が悪いことをしてしまったから、「痛み」を感じることになったのだと信じ込んでしまい、罪悪感が、人生の基調和音になっていることもあります。
生まれた瞬間ではなくても、遅かれ早かれ、あなたは「痛み」の手厳しい洗礼を受けることになるでしょう。
身体の「痛み」も、心の「痛み」も同じことです。
「痛み」はイヤなもの。
できれば、顔を合わさずに逃げてしまいたい。
自分が悪いから「痛み」を与えられるのだ。
自分の存在自体が間違っているから、「痛み」という罰を受けることになる。
どうして、自分ばかりが「痛み」を受け続けているのだろう。
この「痛み」さえなかったら、もっと人生は開けるはずなのに、、、
そんなことを思っている限り、この世界は、そんな「痛み」に満ち溢れた、とても苦しい世界に思えることでしょう。
だけど、そもそもあなたが、「痛み」はイヤだと思い知らされることになった、生まれた瞬間のことを考えてみましょう。
いくらお母さんの胎内が平和だったからといって、いつまでもそこにいられるはずはないでしょう。
それに、あなたは、そこで、この世界に出て行く準備をしていただけなのです。
この世界でしか見ることができないものを見るために。
もっと、自分のすばらしさを磨くために。
あのとき「痛み」を感じたから、
お尻を思いっきりひっぱたかれたから、
あなたは泣くことができて、空気を思いっきり吸い込むことができたのです。
それで呼吸をすることを覚えたのです。
少々厳しいやり方ですが、実は、この世界のやり方は、いつもそんな感じなってしまうようです。
いちいち理屈や理由を説明していては、命が持たないですからね。
そのときにはわからなかったとしても、今になれば、それがあなたを助けてくれていたということがわかるでしょう。
「痛み」を振り返るのはイヤだと避けていたのかも知れませんが、少し後になって目を開いてみてみれば、どんな「痛み」でも、あなたに何かを教えてくれていたのだということがわかるでしょう。
見るか、見ないか、の違いだけです。
そして、逃げずに見ることをすれば、もっと早く、そのうえ楽に、「痛み」から、必要なことを学ぶことができるのです。
「痛み」は、あなたの友達なのです。 あなたのために、いろいろなことを気づかせてくれるのです。
手っ取り早いのは、「痛み」を楽しんでみることです。
……今のあなたのその「痛み」
魂の力を強くする、とても大きなチャンスかも知れませんよ。
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2006年05月09日
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