No.588 ホイットマン
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「我あり、あるがままにて十分なり」
– ホイットマン(アメリカの詩人)–
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もっと楽に生きるためには、「今、自分が感じていること」に気づくことが大切なようです。
たとえば、筋肉隆々の男性に、「あなたは華奢な美人だね」などと言っても、その人はとても自分のこととは思わないでしょう。
でも、他のことばには、納得したり、カチンときたりすることもあるはずです。
自分の内側に響きあうものがあるから、言われたことばに反応してしまうのですね。
人のイヤなところが気になったりするのも同じこと。
自分も似たような要素があるからこそ、目に付いてしまうのでしょう。
人からイヤなことを言われたり、嫌いな人と一緒にいるのは、あまり気持ちのいいことではありませんが、考えようによっては、ネガティブな形で私たちにメッセージをくれているのだと受け取ることもできます。
そうすれば、自分のなかの響きあう、そのイヤな要素に気づいて、より良くなっていくことができるようになるでしょう。
もちろんポジティブなメッセージだってありますよ。
それは、自分の心がワクワクするという形でやってきます。
人それぞれ個性がありますし、この世界での役割だってあるのでしょう。
自分の本質と響きあわないものには、心を動かされることはないはずですよね。
今、この瞬間に、自分の心が疼いてワクワクすることが、本当にやるべきことだと言ってもいいでしょう。
見たくないからとネガティブなメッセージから逃げたり、前に進むのが怖いからとポジティブなメッセージにふたをしているなんてもったいない。
自分を感じて、大切にすればするほど、本当に大切なことが見えてくるのですよね。
また、楽に生きるためには、「決める」ことの重要さを知っておくことも、大きな意味があります。
目の前にチョコレートがあるとして、それを今食べてしまうのか、それとも残しておいて後で食べるのかを、自分自自身で決めることができないでいると、結局は後悔だけが残ることになってしまいます。
食べてしまったら、後になって「どうして残しておかなかったんだろう」と思ってしまうでしょうし、残しておいたらおいたで、「こんなにおいしいのならもっと早く食べればよかった」とか「期待したほどでもなかったな。こんなことならさっさと食べてしまえばよかった」などと残念に思うのです。
決められないのは、ひとつを選択すると、もうひとつは捨てなければならないと思っているからです。
どんなことでも同時に両方を持つことなどできないのに、一生懸命に両方を持とうとして、失望してしまいます。
結婚したいけれど、今の自由な生活も捨てたくはない。
会社の仕事はいやだけれど、安定した収入も手に入れたい。
どちらかに決めないことは、両方を持っているようにも見えますが、実際には、両方とも選んでいないことになるのです。
ひとつに決めることは、もうひとつの可能性を選ばないことでもありますが、同時に、本当に選んだことを充分に楽しむことでもあります。
迷ったり、両方持っていたいと思うことは、どちらを選んでも楽しめるということでもあります。
そして、どちらを選んでも、学ぶべきことはあるのです。
それに、ひとつを選んだからといって、必ずしももうひとつの選択を捨て去ってしまうことにはなりませんよ。
もし、自分が決めたことが間違っていることに気づいたとしたら、そこから学ぶべきことを学んで、いつでも戻って決めなおす自由だって私たちにはあるのですから。
……そう考えると、ひとつに決めることのプレッシャーも少しは減るようには思いませんか。
そう、今は、自分が決めたことを思いっきり楽しみましょうよ。
本当の自分よりも、もっと大きく見せようとがんばっていることは、どこかに無理がでて疲れてきてしまうでしょう。
本当の自分より、もっと小さな存在だと思っていると自信と元気を失ってしまいます。
やっぱり、あるがままの自分でいるのが、いちばん楽でいられるようですね。
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2004年12月02日
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