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	<title>癒しのことば &#187; デール・カーネギー</title>
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	<description>ゆっくりと、のんびりと</description>
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		<title>No.633 デール・カーネギー</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Mar 2005 04:24:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「大抵の者は、自分でも思いがけないほどすばらしい勇気を持っている」</p>
<p>&#8211; デール・カーネギー（アメリカの文筆家）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>ずっとずっと昔、宇宙は、超高温・超高密度で温度も１００億度ほどあったとされています。<br />
それが、今から１５０億年ほど前に、突然、ビッグバンと呼ばれる大爆発が起こりました。</p>
<p>宇宙は、急に膨張しはじめ、急激に温度がさがり、素粒子が生まれていきます。<br />
そして、星が生まれ、今のような宇宙になっていったのです。</p>
<p>４５億年前には、そんな混沌とする宇宙のなかで、地球が誕生しました。<br />
長い長い年月を経て、地球には水ができることになります。</p>
<p>もし、地球が太陽から、もう少し遠ければ、水は凍りつき地表を覆っていたでしょう。<br />
太陽にもっと近ければ、水などすぐに蒸発してしまう、灼熱の惑星になっていたはずです。</p>
<p>重力のバランスが今と違っていたとしたら、水は地表に留まることはできなかったかも知れません。</p>
<p>でも、地球は、大きな海をつくり、さらに長い長い年月をかけて、生命を生み出していきます。<br />
はじめの生物は、アメーバのような、ただ海を漂っているだけのものだったでしょう。</p>
<p>それが少しずつ形を変えていき、エネルギー代謝を行えるようにもなりました。<br />
生命は、分裂することで自己増殖していくことを覚えました。<br />
このときには、まだ時間という観念もなければ、死もありませんでした。</p>
<p>生物は、ただ自分が受け継いだのと同じように、自分を複製していき、それが新しい自分になるだけだったのです。</p>
<p>そこには個性というものはなく、すべては同じ命だったのです。<br />
地球の生物は、もっと生長したい、もっと進化したいという衝動にかられました。</p>
<p>そこで、原始生物は、どんどんと細胞を増やし、機能を分担させていきます。<br />
まわりの環境を知りたいという思いから目が生まれ、より良く生きるために思考したいから頭が生まれ、いろいろなところへ行きたいと望んだから足ができたのです。</p>
<p>何よりのエポックメーキングは、性が生まれたことです。<br />
これは、どんな環境にでも対応できるように、より多様な生命力を身に付けるために、二つの生命を組み合わせて、違った生命を生み出そうと決めたのでしょう。</p>
<p>つまり、私たちの祖先は、生きるために、変化することを選んだのです。<br />
その結果、それぞれの生命体が違った個性を持ちはじめることになります。</p>
<p>そして、このときはじめて、生命に老化や死が起こるようになり、時間が生まれたのです。</p>
<p>その後も、我々の先祖は、さまざまなチャレンジを続けてきました。<br />
ある者たちは、海から出て陸地にあがり、未知の世界へ入っていくことを選びました。</p>
<p>またある者たちは、気の遠くなるような年月をかけ、空を飛ぶことを覚えたのです。<br />
そして、陸に上がった生物の流れのひとつから、さらに変化を続けた者たちから、二本の足で立って歩く生物が誕生しました。</p>
<p>そう、それが私たちの直接の先祖です。<br />
二本の足で歩くようになって、自由に使える手が発達し、脳も驚くほど巨大化しました。</p>
<p>そして、ついに７００万年ほど前には、アフリカではじめの人類が生まれたのです。</p>
<p>人類は、家族をつくり、子どもを育て、村をつくり、国をつくりました。<br />
多くのよろこびと、多くの苦しみを経験して、そのたびに大きくなっていきました。</p>
<p>そこにはたくさんの笑いや涙があったし、血も流れたし、暖かい心もあったのでしょう。</p>
<p>……そして、今、ここに私たちが立っています。</p>
<p>私たちが、チャレンジして成長できるのも、よろこびや苦しみを感じながら成長できるのも、自分と同じように人のことを愛せるのも、ずっとずっと続いている長い歴史があるのです。</p>
<p>１５０億年かけて、私たちは、「愛」と「勇気」と「個性」というすばらしい宝物を手に入れたのですね。</p>
<p>さあ、それを思い出して、今、あなたも「夢」に向かって進んでいきましょうよ。</p>
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		<title>No.631 デール・カーネギー</title>
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		<pubDate>Tue, 08 Mar 2005 04:22:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「自分の欠点ばかり気になり出したら、そんな劣等感を直してくれる人間はこの世に一人しかいない。つまりあなた自身だ」</p>
<p>&#8211; デール・カーネギー（アメリカの文筆家）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>オーストリアで、こんな出来事がありました。</p>
<p>ある高校で劇をすることになりましたが、登場人物のひとりに吃音の少年がいたのです。<br />
ちょうどその高校には、吃音の少年がいて、その役をやってみようということになりました。</p>
<p>実は、彼は密かに役者を目指していて、演劇の勉強をしていました。<br />
晴れの舞台で、喝采を浴びることを夢見て、勇んで稽古をはじめましたのですが、考えられないようなことが起こってしまったのです。</p>
<p>一生懸命に吃音の役を演じようとすればするほど、なぜかセリフがすらすらと言えてしまいます。</p>
<p>あせって、ことばを詰まらせようとしても、どうしてもダメなのです。</p>
<p>結局、その役は、他の少年が演じることになったということです。</p>
<p>……この話を聞いた、オーストラリアの精神科医ヴィクトル・フランクルは、自分の患者に応用してみることにしました。</p>
<p>つまり、不安症で悩む人には、意識的に不安を感じてもらうようにしてみます。</p>
<p>すると、吃音の少年のときと同じように、不安感に襲われることがなかったのです。</p>
<p>また、不眠症の人には、眠ろうと努力するよりも、ずっと起きておくように指導してみました。</p>
<p>すると患者は、逆にすぐに寝てしまったりするのでした。<br />
フランクルは、これを「逆説志向療法」と名づけ、数多くの成果を残しています。</p>
<p>場合によっては、問題を解決しようと努力するよりも、あえて問題を受け取ってしまうことが、良い結果になることがあるようですね。</p>
<p>もちろん、私たちが抱える問題のなかには、努力を重ねて解決することが重要なこともあるでしょう。</p>
<p>苦しんで苦しんで、何とか乗り越えて、そこから何かを学んで成長していくことができるのです。</p>
<p>でも、がんばればがんばるほど苦しくなったり、解決しようとすればするほど、余計に拗れてしまうような問題ならば、いっそのことそれを認めて受け容れてみるのもいいかも知れません。</p>
<p>……自分の欠点も、そんなことのひとつなのではないでしょうか。</p>
<p>どうしても嫌いで、何とか矯正したいと思える欠点もあるでしょう。<br />
「これができない」「あれが足りない」と、欠けているところばかりが目に付くこともあるでしょう。</p>
<p>それを直そうと、一生懸命にがんばるのもいいでしょう。<br />
だけど、いつまでたってもカラ回りばかりしていて、疲れてしまうとしたら、もう、それを受け容れてみてもいかがでしょうか。</p>
<p>ヘレン・ケラーは、自分が抱えた三重苦を何とかしようと嘆くことはせずに、受け容れました。</p>
<p>その代わりに、障害を持つ人だけが知ることができる痛みと望み、そして、自分の高貴な志をフルに活かして、多くの人を励まし続けたのです。</p>
<p>自分の嫌なところが気になって落ち込んでしまう。<br />
どうしても、人より劣っているように思えてしまう。<br />
自分のダメなところばかりが見えてしまう。</p>
<p>それは、ちゃんと見ていないからですよ。</p>
<p>ほら、あなたには、もっともっとすばらしいところがあるでしょう。</p>
<p>それを活かして、本当にやっていきたいことがあるでしょう。</p>
<p>欠点と格闘することをやめて、受け容れてみましょうよ。<br />
そうすれば、それは欠点ではなくて、すばらしい個性になるのですよね。</p>
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		<title>No.612 デール・カーネギー</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Jan 2005 04:04:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「人間の最も悲劇的な本質のひとつは、誰も彼もが生きることを先延ばしにしたがることだ」</p>
<p>&#8211; デール・カーネギー（アメリカの著述家）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>とても大きな荷物を肩に担いだ人が、あなたのところへやってきました。<br />
見ると、肩の荷物の上には、さらにいくつかの荷物が乗っていて、両手にもまだ荷物を持っているのです。</p>
<p>その人は尋ねます。<br />
「私は、Ａというところへ行かなくてはならないのですが、道がわからなくて困っています。<br />
どうか教えていただけませんでしょうか？」</p>
<p>その場所のことを知っていたので、あなたは、行き方を教えてあげます。<br />
近道や気をつけた方がいい場所のことなども、丁寧に伝えたのでした。</p>
<p>その人は、あなたにお礼を言います。<br />
「どうも、ありがとうございます。<br />
本当に助かりました」</p>
<p>ところが、そのことばには元気が感じられません。<br />
その人は、しばらくその場に立っていましたが、また大きな荷物を抱えてよろよろと歩きはじめます。</p>
<p>あなたは、<br />
『道を教えてほしいといったから、教えてあげただけだ。それで十分なはずだろう……』<br />
と思いながらも、どうも気になって、その人の後を追いかけてみました。</p>
<p>すると、その人は、別の人に、また道を尋ねているのです。<br />
道を教えられると、その人はまた、力なく歩きはじめます。</p>
<p>あなたは、思い切ってその人に声をかけてみました。<br />
「あなたは、Ａへ行く道をわたしに尋ねたけれど、本当は、もっと違うことを聞きたかったのではないですか？<br />
よかったら、何が気になっているのか話してみてくれませんか？」</p>
<p>その人は、そう言われるとホッとしたような表情になりました。<br />
「実は、私は、Ａへ行かなければならないはずなのですが、どうして行かなくてはならないのかがよくわからないのです。<br />
それに、こんな大きな荷物を抱えてしまって辛いのです。<br />
どうすれば、もっと楽になれるのでしょうか……」</p>
<p>あなたは、その人の話を聞いてあげました。<br />
どうしてＡへ行かなくてはならないと思っているのか？<br />
そこで何をしたいと考えているのか？<br />
もし、Ａへ行かないとしたら、どうなるのか？<br />
なぜ、こんな荷物を背負うことになったのか？<br />
どうすれば荷物を降ろすことができるのか？</p>
<p>少し尋ねるだけで、その人は、いろいろなことを話してくれました。<br />
はじめは、おずおずと話していたのですが、だんだんと、自分の思いを語りだすのです。</p>
<p>あなたは、ただ相槌を打つだけで、特に自分の意見を言ったり、アドバイスを与えたわけではありません。<br />
ところが、その人は、話し終わると、とてもスッキリした表情になっていました。</p>
<p>「ありがとうございました。<br />
あなたにいろいろ教えてもらったおかげで、ずっと苦しんでいたことがすべて解決してしまいました。<br />
やっぱり私が行きたいところは、Ａではなくて違うところだったのですね。<br />
これで迷うことなく、自分の望むところへ進んでいくことができます」</p>
<p>『私は何も、アドバイスをしたわけではないのに……』<br />
不思議に思いながら、あなたが、その人を見ると、なぜか、肩の上や両手に抱えていた荷物は、いつの間にかなくなってしまっていたのでした。</p>
<p>……その人が、知りたかったのはＡへ行く道ではなかったようです。<br />
確かに、表面的には、道がわからずに困っていたのでしょう。</p>
<p>でも、その人が抱えていた苦しみは、もっと別のところにあったのでしょう。<br />
自分でも、それに気づかず、ずっと長い間、一生懸命に表面的な問題を解決しようとあがいていたのかも知れません。</p>
<p>それが、誰かに自分の胸のうちを話すことによって、問題の本質や、自分が本当に望むことが見えてきたのでしょう。</p>
<p>あなたは、何か問題を抱えているでしょうか？<br />
だとしたら、問題についてではなく、今自分が感じていることを誰かに話してみたり、自分の胸のうちで整理してみてはいかがでしょうか。</p>
<p>そんなとき、アドバイスや意見は必要ありません。<br />
ほかの人からのアドバイスもそうですし、自分の頭で考えた意見もいりません。</p>
<p>ただ自分自身を感じてみて、今、自分が望んでいることを発見すること。<br />
抱えているいらない荷物は手放すこと。</p>
<p>自分自身を本当に生きることは、そこからはじまるのですね。</p>
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		<title>No.459 デール・カーネギー</title>
		<link>http://www.iyashinokotoba.net/archives/464</link>
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		<pubDate>Thu, 30 Oct 2003 00:10:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「ビジネスで成功する一番の方法は、人からいくら取れるかをいつも考えるのではなく、人にどれだけのことをしてあげられるかを考えることである」</strong><br />
&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>&#8211; デール・カーネギー(アメリカの著述家)&#8211;</p>
<p>今から、あなたの好きな果物を、ひとつだけ考えていただきます。</p>
<p>どんな果物でも構いませんが、「バナナ」のことだけは考えないでください。<br />
「バナナ」が好きな人は、申し訳ありませんが、他の果物のことを思い浮かべるようにしてくださいね。</p>
<p>もう一度言いますが、絶対に「バナナ」のことは考えないでください。<br />
「バナナ」だけは、ダメです。<br />
くれぐれも、「バナナ」の黄色い皮のことや、皮をむいたときに、プーンと匂ってくる甘い香りのことなどを思い出してはいけません。</p>
<p>では、あなたの好きな果物のことを考えてください。<br />
&#8230;&#8230;さて、あなたは、バナナのことを頭のなかに、思い浮かべずに済んだでしょうか？</p>
<p>ちょっと意地が悪かったでしょううか。<br />
これだけ、「バナナ」「バナナ」と言われたら、誰だって「バナナ」のことを思い出してしまいますよね。</p>
<p>「バナナ」のことを考えてはいけない、と思えば思うほど、「バナナ」の姿が頭のなかに浮かんできます。</p>
<p>当然のことですよね。<br />
「バナナ」はダメ、と思ったときには、必ず一度は「バナナ」のことを考えてしまうのですから。<br />
誰だって、虫が好かない人や嫌いな人の、ひとりやふたりはいますよね。</p>
<p>それは仕方のないことなのですが、そんな人でも、悪口や陰口は言わないよ　うにしましょう。<br />
「あいつの、こういう性格がイヤなんだ」<br />
「こんなところが許せない」<br />
そんなことを言うたびに、そのことばを自分が聞くことになるのですから。</p>
<p>心で思うだけでも、「バナナ」と同じように、その相手のイヤなところに、何度も引っかかってしまうのです。</p>
<p>私たちの脳は、とても精巧なコンピュータのようなもので、プログラムのデータを入れれば、そのとおりのことを実現しようとします。</p>
<p>「トイレに行きたいな」と思うと、つまりデータを入れれば、「まず立ち上がって、それから片足を前に出して&#8230;&#8230;」などと意識しないでも、身体は勝手に動いてトイレまで運んでくれます。</p>
<p>「朝、７時に起きよう」というデータを、ちゃんと入れれば、目覚まし時計などなくても、時間通りに目が覚めたりします。</p>
<p>しかも、このコンピュータは、自分と人との区別をつけないようです。</p>
<p>「あいつは嫌いだ」<br />
「○○はダメだ」<br />
と言ったり思ったりすると、脳のコンピュータは、「自分を嫌いだ」「私はダメだ」というデータだと受け取って、それを実現してしまうかも知れませんよ。</p>
<p>試しに、誰かのことを思い浮かべて、「あいつはイヤだ、嫌いだ」などと思ってみてください。</p>
<p>すぐに、気持ちが沈んで元気がなくなってくるはずです。<br />
逆に、「あの人はすばらしい」「素敵だ」「大好きだ」と心のなかで言ってみると、元気が出てきて気分も晴れやかになってくるのではないでしょうか。</p>
<p>できれば、悪口やネガティブなことばよりも、褒めことばや元気が出るようなことばを言ったり思ったりするように心がけてみましょう。</p>
<p>意識をポジティブな方向へ向けているだけで、脳のコンピュータにポジティブなデータが、どんどんインプットされていきますよ。</p>
<p>「バナナ」のことを思い出して、いつもいい「思い」を持つようにしましょうよ。</p>
<p>もっとすばらしいのは、いつも「感謝」の心を持つということです。<br />
なぜなら、「好き嫌い」や「良い悪い」などは、相手（自分）の部分に向けられていますが、「感謝」は全体に対しての思いだからです。</p>
<p>「あの人の、ここが好き」「あそこが嫌い」と思ったりしますが、「あの人の、こんなところに感謝する」という思いは、いつか「あの人に感謝する」となっていくはずです。</p>
<p>「ありがとう」<br />
「感謝します」<br />
そのデータは、相手に向けられると同時に自分も包み込みます。</p>
<p>そして、さらにもっと大きな世界にも広がって行くでしょう。</p>
<p>「感謝」すればするほど、誰かに優しくすればするほど、与えれば与えるほど、私たちは豊かに幸せになっていくのですね。</p>
<p>さあ、今日も自分に、すばらしいデータをインプットしましょうよ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>No.439 デール・カーネギー</title>
		<link>http://www.iyashinokotoba.net/archives/443</link>
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		<pubDate>Wed, 30 Jul 2003 23:50:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「自分の欠点ばかり気になり出したら、そんな劣等感を直してくれる人間はこの世に一人しかいない。<br />
つまりあなた自身だ」</strong></p>
<p>&#8211; デール・カーネギー（アメリカの講演家）&#8211;</p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>人が、どのくらい幸せかは、ほとんどその人がいつも考えていることによって決まります。</p>
<p>何かいい事があったから、自分は幸せだと思えるということもあるでしょうが、それだって何がいい事なのか、何が良くないことなのかを決めるのは、自分の考え方なのですよね。</p>
<p>たとえば、私たちは、いつだって簡単に不幸な気分になることができます。</p>
<p>次の文章を、何度か読んでみてください。</p>
<p>「私の人生は無駄だった。今まで何も価値のあることをしてはいないし、誰かの役に立っているわけではない。<br />
自分の思うようには生きていないし、何の才能もない。これからも何もできないと思う。ただ無意味な時を過ごしているにすぎない」</p>
<p>どうでしょうか。<br />
３，４回も読んでみれば、気分も落ち込んで、自分は何て不幸なんだと思えるでしょう。<br />
逆に、幸せで、前向きな気分になることも簡単です。</p>
<p>こんな文を読んでみるのです。</p>
<p>「私は、今の自分に本当に満足している。いろいろなことがあったにせよ、できるだけのことはしているし、思うように生きている。<br />
これからも、私は、自分をどんどん磨いて、このすばらしい世界を楽しむことにワクワしている」</p>
<p>少々、自己評価の低い人でも、何度も読んでみれば、気分も前向きになって幸福感が湧いてくるのを感じるのではないでしょうか。</p>
<p>これは単に、その場の気分だけのことではなく、実際に、脳の活動にも変化を起こし、生理的にも身体全体に影響を与えるということが、実験により確認されているのです。</p>
<p>私たちは、自分自身を、いつもある考えを持って見ています。</p>
<p>私は、積極的だ・消極的だ。<br />
人づき合いが得意だ・苦手だ。<br />
自由に生きている・自由に生きてはいけない。<br />
好きなことをしても大丈夫だ・いつもちゃんとしていなくてはならない。</p>
<p>その考えこそが、その人の生き方を決めているようですし、どれだけ人生に満足しているかも決まるのです。</p>
<p>だって、さっき見たように、どんな文を読むかによって、どんな状態になるのかが変わってくるのですよね。<br />
身に付いた考えは、自分のなかで、いつでもそれに基づいた文章を読み、自分に言い聞かせているようなものなのです。</p>
<p>そして、重要なのは、考えというものは、いつでも変えることができるということです。<br />
外側で何があったにせよ、自分を責めたり、欠点をあげつらったりすることは、できるだけしないようにしてみましょう。</p>
<p>問題は、何かを学ぶチャンス、成長のきっかけなのですから。<br />
欠点だって、見方によれば、自分らしい個性になるはずです。</p>
<p>それよりも、自分ができること、長所に焦点を当てるようにしてみましょう。<br />
自分を受け入れ、自分のすばらしいところを見るようにしましょうよ。</p>
<p>それが、私たちの幸せを大きくしてくれるのですから。<br />
どんな人生を生きるかは、自分が決めることなのです。</p>
<p>自分が幸せになることは、この世界を幸せで満たすことに貢献する、いちばん大きなことかも知れませんね。</p>
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		<title>No.430 デール・カーネギー</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Jun 2003 23:41:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
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<p><strong>「世の中の人は誰でも幸せになりたいと思っている。<br />
それを手に入れる方法が一つある。それは、自分の気持ちの持ち方を変えることだ」</strong></p>
<p>&#8211; デール・カーネギー（アメリカの著述家）&#8211;</p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>目を閉じて、今から１分間、「くまのプーさん」のこと以外を考えてみてください。</p>
<p>いいですか。<br />
絶対に「くまのプーさん」のことを思い浮かべてはいけませんよ。</p>
<p>&#8230;&#8230;と言われたら、どうでしたか？</p>
<p>「プーさん」の特徴のある声や、ユニークな姿をイメージせずに済んだでしょうか。<br />
たぶん、ほどんどの方が、うまくいかなかったでしょう。<br />
なぜなら、何かを避けようとするには、一度は、その何かのことを考えなくてはならないし、避けようとすればするほど、ますます何かについてのことが大きく意識に浮かび上がってくるからです。</p>
<p>「自分は不幸だ」<br />
「他の人よりも損をしている」</p>
<p>どんなに人だって、そう感じるときはあるはずです。</p>
<p>きっかけは、ちょっとした失敗をしたことだったり、信頼していた人に裏切られたり、ひょっとしたらライバルの成功を目の当たりにしたことなのかも知れません。</p>
<p>そこでうまく気持ちを切り替えられないと、そのことばかりが頭に浮かんでくるようになってしまいます。<br />
いつまでも、他のことは考えられずに、自分は世界でいちばん不幸なんだという思いに囚われてしまうこともあるでしょう。</p>
<p>それが、気持ちを暗くしたり、体調にも影響を与えたりして、ますます苦しくなってきたりします。</p>
<p>その思いは、いくら避けようとしても、なかなかうまくいきません。<br />
避けようとすればするほど、ますます大きく意識のなかに浮かび上がってくるのですから。</p>
<p>そんなときには、その思いを避けないで、逆に、立ち向かってみた方がいい結果に繋がるようです。</p>
<p>なぜ、自分は世界でいちばん不幸なのか、どうしてこんなに辛いのだろう。<br />
その苦しい思いに、焦点を当ててみると、そう考えてしまう原因や理由がわかってきたり整理されてきたりして、だんだん気持ちが落ち着いてくるでしょう。</p>
<p>幽霊は恐ろしいですが、逃げないでよく見てみれば、枯れた木の影なのかも知れません。<br />
それを知ることができれば、もう恐れることもないですよね。</p>
<p>誰しも、「自分のことは自分がいちばんわかっている」と思っていますが、実際にはそうでないことも多いようです。<br />
「どうして自分は、こんなにダメなんだろう」<br />
「なぜ私は、いつもツイてないの」<br />
そう思う前に、もう一度よく自分自身を深く見てみてはいかがでしょうか。</p>
<p>案外、そんな思いこそが、自分をダメにしていたり、ツキを逃している原因になっているのかも知れませんよ。</p>
<p>それよりも、「自分のすばらしいところ」や「自分が達成したこと」などに、焦点を合わせてみましょうよ。</p>
<p>どんな小さなことでもいいのです。<br />
自分が思う自分のすばらしいところこそが、いちばん時るんらしいところだし、それを生きることが、本当の生きる理由なのでしょう。</p>
<p>&#8230;&#8230;そして、そんな思いが、幸福を手に入れるための、第一歩なのでしょうね。</p>
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		<title>No.318  デール・カーネギー</title>
		<link>http://www.iyashinokotoba.net/archives/322</link>
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		<pubDate>Thu, 18 Oct 2001 07:27:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[デール・カーネギー]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「今度、何か手のつけられないような困難に出会ったら思いきってそのなかに飛び込み、不可能と思っていたことを可能にすることだ。</strong></p>
<p>自分の能力を完全に信頼していれば、必ずやれる」</p>
<p>&#8211; デール・カーネギー（アメリカの教育者）&#8211;</p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>たとえば、小さな頃に犬に噛まれたという経験をしたとします。</p>
<p>そのときの痛みや怖さは、いつまでも心のなかに残っているのかも知れません。<br />
大人になった今でも、犬が怖くて近づけないという人もいるでしょう。</p>
<p>それが小さな犬で、恐れることはないのだとしても、心のどこかには犬を見るたびに、噛まれたときの恐怖が、また蘇ってくるのです。</p>
<p>そんな恐怖を抱いていると、犬もまた恐怖を感じてしまい、こちらに向かって吠えてくるということもあるでしょう。</p>
<p>私たちは、ますます犬に対して恐怖を感じることになりますが、その現実は、自分自身が創りあげたものだと言えるのではないでしょうか。</p>
<p>恐怖は、そこから逃げだそうとすると、ますます私たちを追いかけてくるもののようなのです。</p>
<p>本来、恐怖というものは、私たちにとって役に立つものなのです。<br />
それは肉体的あるいは心理的に危険を察知し、私たちに警報を与えてくれるためにあるのです。</p>
<p>この警報をキャッチすると、身体のなかでは交感神経が活性化したり、内分泌系ではアドレナリンなどのホルモンが分泌され、危険に対処できるように神経が敏感になったり、筋肉が緊張したりするのです。</p>
<p>だからこそ私たちは、それ以上の危険を避け、生き延びていくことができるのですね。</p>
<p>ところが、ときに私たちは実際の状況ではなく、自分の心のなかにある危険に反応してしまうことがあるようです。</p>
<p>先ほど見た、犬に対する恐怖のように、もう恐れる必要もない場合にさえ、いつまでも条件づけられた恐怖を持ち続けることさえあるのです。</p>
<p>そんな恐怖は、私たちが小さくてまだ弱かった頃に、自分自身を守るために掴んでいようと決めたことが多いのですが、ずっとしがみついていたために、今度はそれを手放すということも恐怖の対象になってしまうようです。</p>
<p>そこでの問題点は、そんな恐怖心は危険を避けようとするだけでなく、私たちが、よりよくなっていくことや、何かを達成しようという積極的な意識にも、その邪魔をしようとすることなのです。</p>
<p>何であれ自分に変化を起こす状況を避けようとしてしまうようです。</p>
<p>もちろん、恐怖を感じることは、私たちが生きていくために必要なことなのですから、どんなときにも恐怖を感じるべきではないということではありません。</p>
<p>ただし、どんなときでも恐怖心に支配されてしまっていることは、自分の世界を限定することになってしまいます。</p>
<p>本当に必要なのは、心のなかの恐怖を支配することにあるようです。</p>
<p>「勇気」とは、恐怖心を無視することではなくて、何を恐れ避けることに意味があって、今、何をすることが大切なのかを感じることなのではないでしょうか。</p>
<p>私たちが何度も感じる恐怖のほとんどは、それを避けようとして自分が創りあげているのですが、本当は自分自身がそれを克服することを望んでいるからなのです。</p>
<p>それは、<br />
「もう自分は、それを乗り越えるだけの力があるよ。<br />
もっと自分を信頼して、もっともっと成長しようよ」<br />
という、自分自身からのメッセージなのかも知れませんね。</p>
<p>本当の「勇気」とは、「自分自身を信頼すること」だということのようですね。</p>
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