No.360 スティーブンソン
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「幸福になる義務ほど過小評価されている義務はない。
幸福になることで、人は世間に匿名の慈善を施している」
– スティーブンソン(イギリスの作家)–
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フランスの画家ルノアールは、その78年の生涯におよそ6000点もの作品を残しています。
特に晩年には、甘美な色彩で情感豊かな女性の美しさを表現した傑作を数多く描きあげましたが、実は60歳を越える頃から持病のリウマチが悪化し、手足が不自由になってしまっていたそうです。
それでも彼は、車椅子に乗りながら、堅くなって動かない手に絵筆を結びつけて毎日キャンバスに向かいました。
それはとても苦しく辛い作業だったでしょうが、ルノアールの絵には、そんな暗さは全く感じられません。
そこには、ただ美や生命の躍動感が表現されているのです。
ルノアールは、訪ねてくる人たちに、いつもこんなことを言っていたそうです。
「私はとても幸せ者だよ。毎日、好きな絵だけを描いていられるだからな」
きっと彼は、たとえどんな状況にいたとしても、いつも今自分のなかにある幸せを見ていたのでしょう。
そして、そのときに自分ができることに感謝して、ただ自分の望むことに向かっていたのでしょうね。
私たちは、他の人の幸せはよく見えますが、自分の幸せはなかなか見えないようです。
たとえば楽しそうに働いている人を見れば、うらやましく思えてきます。
そして自分の境遇と比べて、あんな仕事だったらよかったのにと思ったり、自分にはこれが足りない、ここがダメなんだと嘆いてしまうことが多いようです。
でも、仮にその人と同じ仕事に就いたとしても、楽しく感じるかどうかはわかりません。
今、楽しく仕事をしている人は、きっと何をやっても楽しいでしょうし、何をやってもつまらないと思っている人は、どんな仕事をしてもつまらなく感じてしまうのではないでしょうか。
楽しいかどうか、幸せなのかどうかは、自分の外側の環境ではなくて、自分の心が決めるもののようです。
どんな仕事でも、失業してなかなか仕事が見つからない人にとっては、うらやましいでしょうし、職がなくても健康ならば病に苦しんでいる人から見れば、とても幸せに見えるでしょう。
自分のなかに「ある」ものではなく、「ない」ものを見ていては、いつまでたっても幸せを感じることができないばかりでなく、今持っている幸せまで失ってしまうかも知れません。
逆に、ルノアールの例を見てもわかるように、たとえどんな境遇にいようとも、今「ある」ものを見て、それに感謝することができれば、それだけで私たちは幸せを手に入れることができるでしょう。
幸せになる「権利」は、誰でも持っているのです。
そして、幸せになる「義務」だって、誰にでもあるのかも知れません。
なぜなら、あなたが幸せになることが、この世界すべての幸せにつながっているのですから。
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2002年01月15日
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