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	<title>癒しのことば &#187; サネヤ・ロウマン</title>
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	<description>ゆっくりと、のんびりと</description>
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		<title>No.756 サネヤ・ロウマン</title>
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		<pubDate>Fri, 02 Mar 2007 01:14:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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<p><strong>「自分人生にもっと自由を生み出すためには、<br />
自分が自由を持っていない領域ではなく、自分が自由を生み出してきた領<br />
域を見てください」</p>
<p>&#8211; サネヤ・ロウマン（アメリカのチャネラー）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>あるとき、ひとりの男の人が、こんな夢をみました。<br />
自分が、神さまと一緒に、長い海岸を歩いているのです。</p>
<p>歩きながら、空を見上げると、そこには男の人生のさまざまな場面が映しだされていきます。<br />
楽しかったこと、苦しかったこと。<br />
懐かしい過去の出来事の数々。</p>
<p>前に進むごとに、場面は次々に移り変わり、砂浜には二組の足跡が残ります。<br />
ひとつは男の足跡、もうひとつは神さまの足跡。</p>
<p>やがて長い距離を進み、男は、今現在の自分の位置にたどり着きます。<br />
いろいろな事を経験して、ついにたどり着いた今です。</p>
<p>男は、どんなときも神さまが一緒に歩んでくれていたことに感動し、後ろを振り返ってみます。<br />
そこには、長く続く二組の足跡。</p>
<p>ところが、男は、人生の足跡の途中で、ところどころに足跡が一組しかない場所が、あることに気づきます。<br />
よく見てみると、そこは、決まって逆境に出会って苦しんでいたときや、大　きな悲しみに襲われていたときなのでした。</p>
<p>男は、この事実を知り、愕然としました。<br />
そして、そばにいる神に詰め寄ります。<br />
「神よ、どうしてあなたは、私をひとりにしていたことがあったのですか。<br />
人生のなかで、最もあなたの助けを必要としているときに限って、私を見<br />
捨てていたのですね。</p>
<p>神は、微笑んで答えます。<br />
「わが子よ、私は、あなたを見捨てようと考えたことなど、一度もありませんでした。<br />
あの一組の足跡を、よくご覧なさい。<br />
あれらは、あなたが人生の試練に苦しんで、歩く力を失っていたときに、私が、あなたを背負って歩いていた名残なのですよ……」</p>
<p>映画『ロッキー』のモデルになったという、ヘビー級チャンピオンのボクサー、ロッキー・マルシアノの伝記を読みました。</p>
<p>彼は、ヘビー級ボクサーとしては、それほど大きな身体ではなかったようです。<br />
あるタイトマッチでは、腕の長さ（リーチ）が、10センチ以上の差がある選手と対戦しなければなりませんでした。</p>
<p>通常、ボクシングでは、リーチに差があるということは、リーチが短い選手にとって、決定的に不利だとされています。<br />
同時に、パンチを繰り出したとしたら、どうしても腕の長い選手のパンチが、先にヒットしますよね。</p>
<p>こんな不利な戦い、普通なら、あきらめたり逃げ出したりしてしまいたくなりますよね。</p>
<p>でも、ロッキー・マルシアノは、逃げませんでした。<br />
腕が短いのなら、それを不利な条件だと捉えずに、どう活かしていくかということを考えたのです。</p>
<p>その結果、背をかがめて相手の懐に飛び込んだり、、相手のパンチをかわしながら、同時にパンチを繰り出す戦法を生み出します。<br />
そして、ロッキーは、この戦いに勝利します。</p>
<p>腕の長い選手の懐に飛び込むと、相手は、その腕の長さが、逆に邪魔になり、うまくパンチが打てなかったのでした。</p>
<p>また、力を込めてパンチを打ち出すと、どうしても体制が崩れていまいます。<br />
そこに、つけこむ戦法も、かなり効果的だったそうです。<br />
自分の弱点を弱点だと思わず、長所として捉えると、かえってうまくいくことも多いのですね。</p>
<p>そう、辛い出来事や逆境とは、私たちを苦しめるだけのものではないのです。<br />
それを、どう成長の糧として受け容れるかが、大切なことなのでしょう。</p>
<p>……自分のなかの弱さよりも、自由で強いところに目を向けてみましょうよ。<br />
あなたが生み出してきた、すばらしいところを。</p>
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		<title>No.722 サネヤ・ロウマン</title>
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		<pubDate>Mon, 18 Dec 2006 04:35:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「あなたが自分にどのように接するかによって、<br />
他人はどのようにあなたに接するかを決めます」</p>
<p>&#8211; サネヤ・ロウマン（『リヴィング・ウィズ・ジョイ』より）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>ものを食べるとき、口は、歯を使って噛み砕いたり磨り潰したりしていきます。<br />
これは、次に食物が送られる、食道を通りやすくためですね。</p>
<p>飲み込んだものを食道は胃に届け、胃は、消化液を分泌して、自分が取り込める栄養素を吸収します。<br />
食物を溶かすのは、続く小腸への流れをスムーズにするためでもあるでしょう。</p>
<p>小腸も、さまざまな消化液で、さらに食物を分解し、自分が吸収可能な栄養を摂取するのです。。<br />
長い小腸を通る間に、食物は、どんどん溶かされ、次の大腸が、自分の役割を果たしやすい状態に変わっていきます。<br />
食物は液体状になり、大腸で必要な栄養素や水分が吸収されます。</p>
<p>そして、最後に排泄されることになるのです。<br />
口は胃のため、胃は小腸のため、小腸は大腸のために働いています。</p>
<p>もちろん、そのときそのときで、自分に必要なものは吸収していますね。<br />
それに、他の臓器も、摂取したものから、必要最大限の栄養を取り込むように、さまざまなかたちで協力しあっています。</p>
<p>「食べる」という行為だけを見てみましたが、これだけの協力関係があってはじめて成り立っているのですね。</p>
<p>これが、それぞれ自分のことだけを考えていたらどうなるでしょう。<br />
口は、胃に食べ物を送るのがもったいないと、いつまでも自分のなかに閉じ込めたまま。<br />
胃も、せっかく手に入れた栄養満点の食物を、他の奴に取られたらソンだ、とばかりに溜め込んで離しません。</p>
<p>これでは、必要な栄養が身体に行き渡らず、結局、みんなが死んでしまうで　しょうね。<br />
いや、その前に、握り締めた食べ物が腐って大変なことになってしまいます。</p>
<p>かといって、自分の役割を果たさずに、次々と送っていったらどうなるでしょう。<br />
口は、噛まずに丸呑みし、胃も腸も、そのままの状態で食べ物を流していくのです。</p>
<p>ほかの為に何かをするのがイヤだと思っているにせよ、自分には何も出来ないと役割を放棄しているにせよ、自分には栄養を取る資格がないなどと謙虚な気持ちでいたとせよ……<br />
どっちみち、身体全体が滅んでしまいます。</p>
<p>胃や腸、どれかひとつだけががんばっても同じことです。</p>
<p>それぞれの臓器は、他のために存在し、それが全体を生かすことになっている。<br />
そして、全体は、やっぱりそれぞれのために存在しているのです。</p>
<p>右手の親指と小指。<br />
全然違う存在のように見えます。</p>
<p>でも、右の手のひら全体で見れば、つながっていて同じものだとも言えます。</p>
<p>左手の親指と小指もそう。<br />
右手と左手だって、身体全体に視野を広げれば同じひとつですね。</p>
<p>手と足だって、頭だって、良く見れば、同じ人間のなかにあります。</p>
<p>……もっともっと、大きな目で見てみましょう。</p>
<p>あなたの家族。<br />
別々の存在のように思えますが、実はひとつの存在なのかも知れません。</p>
<p>お隣さん、他府県の方、日本人とドイツ人。<br />
大きく見れば見るほど、同じひとつの存在になってしまいます。</p>
<p>地球と宇宙……</p>
<p>当然、今、目の前にいる人、すれ違う人だって同じ。<br />
親しい方たち、毎日会う人はもっと縁の深い存在。</p>
<p>視野を広げていけば、<br />
『あなたが自分にどのように接するかによって、他人はどのようにあなたに接するかを決めます』<br />
という真実が見えてきますよね。</p>
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		<title>No.701 サネヤ・ロウマン</title>
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		<pubDate>Wed, 14 Jun 2006 06:19:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
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<p><strong>「自分自身を愛することは、<br />
今のありのままの自分を受け入れることです」</p>
<p>&#8211; サネヤ・ロウマン（アメリカのチャネラー）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>メーテルリンクの「青い鳥」という劇は、ほとんどの方がご存知だと思います。</p>
<p>そして、一度は、このお話に心を打たれた経験がおありではないでしょうか。<br />
幼い頃に、はじめて知ったときに、何か不思議に思っていたことへの答えが与えられたような気がしたり、青年期に、ふと思い出して感動を甦らせたり。</p>
<p>このお話が、私たちの心に響くのは、そこに誰もが心の奥深くで知っている真実があるからなのだと思っています。<br />
青い鳥を探し求めてさまざまな世界を旅するが、最後に見つけたのは、自分の家の鳥かごのなかだった。</p>
<p>そう、すべては自分のなかにあるのです。<br />
でも、見ようとする目がないから見えないだけなのですね。</p>
<p>チルチルとミチルは、青い鳥が見えるようになるために、いろいろな世界を旅しました。<br />
あなたも、今までの人生のなかで、さまざまな経験を積み、気づいているはずです。</p>
<p>本当の幸せは、どこか別のところを探しても見つからないし、待っていて与　えられるものではない、ということ。</p>
<p>そして、本当に幸せを感じ、ワクワクする瞬間は、自分自身でいるときだということに。</p>
<p>たとえば、何かうれしいことがあったとき、我を忘れて好きなことに没頭しているとき、そんなときには、心配も悩みもどこかへ行ってしまっています。<br />
自分以外のものを、すべて外しているのですね。</p>
<p>そんなときこそが、私たちがいちばん生き生きしているときだし、どんな問題でも解決してしまうパワーが沸いてくるときなのです。</p>
<p>そんなふうに自分を生きるためには、まず、自分自身を受け容れるということが大切です。<br />
それができると、自然に他人も、出会う出来事も、すべてを受け容れることができるようになります。</p>
<p>どんなものでも、受け容れた瞬間に、あなたに抵抗することをやめます。<br />
すべての問題や障害は、存在しなくなるのです。</p>
<p>自分を受け容れるとは、自分の容姿や性格、どんな行動をするのか、何を考えるのか、今、どこにいるのか、そのすべてを認めるということです。</p>
<p>ところが、これはかなり難しいことでもあります。<br />
自分のなかの良いところ、好きなところは容易に受け容れることができますが、嫌な面、気に入らないところ、過去に犯した失敗などは、なかなか受け容れることはできません。</p>
<p>それに、ほかの人と比べると、自分の欠けているところばかりが目立ったり、完全に否定してしまいたい部分もあるでしょう。</p>
<p>もちろん、誰にでもそれはあります。<br />
でも、それだって、あなた自身を形作っている一部なのです。<br />
自分の長所と同時に、短所も同じように認めることが大切です。</p>
<p>心のどこかで、<br />
「今の私は、これでいいのか？」<br />
「こんなところはダメだ」<br />
「自分を変えていかなくては」<br />
などと思ってしまうかも知れません。</p>
<p>それでも、今は、それでいいのです。<br />
まず、自分をあるがままに受け容れてみることです。<br />
すべての、良い方向への変化は、そこからはじまるのです。</p>
<p>無理をすることはありません。<br />
まず、こんなことを口に出すことからはじめてみましょう。</p>
<p>『私には、嫌なところもあるけれど、それでも私は私が好きだ』</p>
<p>これは事実です。<br />
あなたの意識が何と言おうとも、深いところでは、私たちは自分自身を愛しています。</p>
<p>それを思い出すだけのことです。<br />
あなたには、自分を変えていく力があるのです。</p>
<p>そして、愛するものは、少しでも良くしたいと思うものです。</p>
<p>すべては自分のなかにあります。</p>
<p>『私には、嫌なところもあるけれど、それでも私は私が好きだ』<br />
……これは、今を楽に生きるための『魔法のことば』ですよね。</p>
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		<title>No.666 サネヤ・ロウマン</title>
		<link>http://www.iyashinokotoba.net/archives/670</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Sep 2005 05:20:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「本当の喜びは、内なる導きに従って行動し、自分の真の姿を認めることから生まれます」</p>
<p>&#8211; サネヤ・ロウマン（アメリカのチャネラー）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>世界的に有名な打者、ハンク・アーロンは、メジャーリーグ通算で７５５本というホームランを記録しました。</p>
<p>日本では、１９７７年に王貞治がその記録を越えましたが、メジャーリーグでは、未だに彼の記録は破られてはおらず、今も最強のホームラン王として歴史に名を留めています。</p>
<p>彼は、もちろん高い運動能力を有していましたが、特に人並はずれた腕力や長打力を持っていたわけではないといいます。<br />
その証拠に、現役時代、一度もシーズン５０本以上のホームランを打つことはできませんでした。</p>
<p>これは意外なことですね。<br />
ハンク・アーロンが、世界に名を残すような選手になったのは、自分が得意なことに集中したことと、ポジティブにイメージする力が優れていたことだったようです。</p>
<p>彼は、いつも対戦チームのピッチャーを研究し、自分がホームランを打てそうなボールを見極めることに神経を集中しました。<br />
そして、そのボールのスピードまで自由にコントロールできるくらいまで意識を集中し、ホームランを打っている自分の姿をイメージしたのです。</p>
<p>実際、そこまですると、ハンクには、相手ピッチャーのボールがゆっくりと飛んでくるように見えたということです。<br />
あとは、イメージ通り、思いっきりバットで打ち返すだけですね。</p>
<p>彼ほどのバッターならば、まわりからホームランを打つことを期待されたり、プレッシャーを与えられることもあったでしょう。</p>
<p>でも彼は、自分が得意なこと、興味を持って注意を集中できることだけに、専念し続けたのです。</p>
<p>こうして彼は、けっして無理をすることなく、コンスタントにホームランを打ち続け、やがては大記録を達成するまでになったのです。</p>
<p>……誰にでも、人よりも得意な分野があったり、特に興味をひかれるものがあったりするでしょう。</p>
<p>すべての分野をまんべんなく伸ばしていくことは難しいですが、得意な分野に集中することは容易で、楽しみを感じることでさえあるでしょう。</p>
<p>そして、好きな分野なら、うまくいっている自分の姿をイメージすることも簡単なのではないでしょうか。</p>
<p>誰もが、世界一のホームランバッターにならなくてもいいのです。<br />
まわりからの期待に応えようとしたり、押しつぶされそうになるプレッシャーを感じることなどないのです。</p>
<p>自分が得意で、達成によろこびを感じる分野で活躍することに集中してみましょう。</p>
<p>今、いちばん楽しく感じることだけに、心を向けてみましょう。<br />
それが、本当の成功といえるかも知れませんね。</p>
<p>それが、私たちがこの世界に存在している理由かも知れませんね。</p>
<p>……大切なのは、「やらなければならないこと」よりも、「やりたいこと」なのですよね。</p>
<p>あなたは、どんなすばらしい喜びをイメージしてみますか。</p>
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		<title>No.648 サネヤ・ロウマン</title>
		<link>http://www.iyashinokotoba.net/archives/652</link>
		<comments>http://www.iyashinokotoba.net/archives/652#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 23 Jun 2005 04:45:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p><strong>「喜びとは、あなたが奏でる内なる調べです」</p>
<p>&#8211; サネヤ・ロウマン（アメリカのチャネラー）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>何かを手に入れようと思ったら、何かを手放すことが必要になるときもあります。</p>
<p>気楽に生きたいのならば、いつもがんばっていなければならないという思い込みや、楽をすることに対する罪悪感。<br />
自分を追い立てて得られている自分への価値観。<br />
「これだけ一生懸命にやっているのだから……」という、もし失敗してしまったとき用の言い訳。</p>
<p>要らないものを手放せば、自然と、生きるのが楽になってくるでしょう。<br />
お金が欲しいのなら、自分にはお金がない、手に入れる素質がないという勝手なイメージ。<br />
お金がないことで自分に課してきた制限、生き方。</p>
<p>そのワクを捨てるには、少々チャレンジが必要になることもあるでしょうが、これも、要らないものを手放すことによって、いろいろな変化が起こってくるはずです。</p>
<p>幸せになりたかったら……</p>
<p>そう、自分が自分に対して決め付けていたイメージを手放しましょう。</p>
<p>「私は幸せになれない」<br />
「自分はいつもツイていない」<br />
「私には幸せになる資格がない」</p>
<p>自分を不幸だと思うことによって、身を守っていたのかも知れません。</p>
<p>幸福を手に入れたとしても、それが長続きするとは限らないし、そうなると一瞬でも幸せを感じた分、より不幸を感じますね。</p>
<p>自分は不幸で、何も思い通りにならないと思っていれば、自分が本当にやりたいことから目を逸らすこともできますしね。<br />
（もしも、自分が心からやりたいと思うことにチャレンジして、失敗したとしたらどうなるのでしょう……）</p>
<p>だけど、もう、そんなもの要りません。<br />
さっさと手放してみましょうよ。</p>
<p>だって、今のあなたには、恐れるものなど何もないのですから。<br />
不幸からも、辛い体験からも、必要なことはもう十分に学んだのですから。</p>
<p>人間の身体には、ホメオスタシス（恒常性）が備わっていて、さまざまな環境の変化に対応して、体温や血液濃度などが、内部状態を一定に保っています。</p>
<p>この機能のおかげで、私たちは、生命を維持できているのですね。<br />
人間の魂にも、ホメオスタシスがあるのではないでしょうか。</p>
<p>自分らしい生き方から外れたり、やりたくもないことをやらなくてはならないとき。<br />
やりたいと思っていることを、無理矢理に抑え込んでしまっているとき。</p>
<p>魂のホメオスタシスが働いて、心に違和感を感じたり、外からの問題という形で、メッセージを送ってくるのかも知れません。</p>
<p>悩みがあったり、問題を抱えているときには、そんな魂のホメオスタシスの信号をキャッチしているのでしょう。</p>
<p>そんなときには、その問題に抵抗するのではなくて、ただ、自分の魂が、何を訴えているのかを感じてみるといいでしょうね。</p>
<p>意外と、いろいろな気づきや、自分の進むべき道が見えてくるのではないでしょうか。</p>
<p>何が、あなたがもっと幸せに、もっと楽になることを邪魔しているのですか。</p>
<p>よく見てみると、邪魔をするものなど何もないのですよね。<br />
ただ、要らないものを手放してみましょう。<br />
ただ、自分の心を感じてみましょう。</p>
<p>何が見えてきましたか？<br />
それを大切にしてくださいね。</p>
<p>さあ、あなたの内側で鳴り響いている、喜びの調べに耳を傾けてみましょうよ。</p>
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		<title>No.579 サネヤ・ロウマン</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Nov 2004 03:30:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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<p><strong>　「あなたが自分にどのように接するかによって、他人はどのようにあなたに<br />
　　接するかを決めます」</strong></p>
<p><strong>　　　　　　　　　　&#8211; サネヤ・ロウマン（アメリカのチャネラー）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>私たちは、元をたどれば、たった「ひとつ」のものからはじまったのです。<br />
　<br />
ひとつの細胞が分裂してふたつになり、それがまた分裂して４つになり、さらに何度も分裂を繰り返して、どんどん細胞は増えていきました。<br />
そして、ある細胞たちは頭になり、またある細胞たちは胴体や手足、内臓などに分化して、今のような身体ができあがって誕生したのです。</p>
<p>人間の細胞の数は、約６０兆個といわれています。<br />
それが、はじめのひとつから作られていったのですから、私たちは、私たちの個体自身で、すでに完成されていたと考えることができますね。</p>
<p>でも、はじめの「ひとつ」が生まれたのは、どれだけの人たちが存在していたからなのでしょうか。<br />
　<br />
まず、両親がいてくれたから、はじめの細胞ができたのですね。<br />
両親が存在するためには、それぞれの両親、つまりそう祖父母の存在も必要でした。<br />
　<br />
４人の祖父母が生まれたのは、その両親の８人がいたからだし、８人が生まれるには１６人の存在があったからです。<br />
ずっと遡っていくと、私たちが、今ここに居るためには、いったい何億、いや何十億の人たちが生きていてくれたおかげなのでしょうか。</p>
<p>さらに直接関わった人たちだけではなくて、私たちの先祖たちを助けてくれた人、優しく守ってくれた人、食べ物を作ってくれた人、着る服を、住む家を創ってくれた人。</p>
<p>そんな人たちだって、私たちが生まれてくるためには不可欠だったのです。<br />
そんなことを考えてみると、とても自分が、たった「ひとつ」だけだとは思えなくて、自分の存在は、生まれてきた瞬間から「すべて」でもあったのだという気もしてきますね。</p>
<p>今まで生きてきた人とも、そして、今生きている人とも、きっとどこかで繋がっているのでしょう。</p>
<p>でも、生きているうちに私たちは、自分のことを、他の人とは違った「ひとつ」としか思えなくなってしまって、比べたりしてしまいます。<br />
自分のことだけを考えたり、自分のことはそっちのけで、まわりのため国のために尽くそうとしてみたりする人もいます。</p>
<p>もちろん、それはその人の考え方の自由なのですが、自分の存在を、切り離された「ひとつ」のものだと考えていると、うまくいかないことも多いようです。<br />
　<br />
たとえば、右手の親指と人差し指は、指先だけを見ていれば別の存在です。<br />
ところが手全体に視野を広げれば繋がっていますよね。</p>
<p>中指、薬指、小指だって同じです。<br />
では、左手の指とはどうなっているのでしょうか。</p>
<p>確かに、手というレベルで見れば別のものです。<br />
だけど、腕、そして胴体にまで見る幅を広げてみれば、やっぱり繋がっています。</p>
<p>このレベルで見れば、右足の指、左足の指だって繋がっていますよね。<br />
では、目には見えないけれど、そのレベルをもっと広げていけばどうなると思いますか。</p>
<p>きっと、私たち人間は、すべてが繋がっているのでしょう。<br />
人間だけじゃなくて、動物も、昆虫も、植物も同じはずです。</p>
<p>もっと言えば、海や山、大地、それに地球、宇宙も、すべては繋がって存在しているのではないでしょうか。</p>
<p>何もかも、切り離された別々の「ひとつ」ではなくて、みんな同じ「ひとつ」の存在なのでしょう。</p>
<p>……それで、いったい何が言いたいのかというと、何でもまず自分からはじめてみてはいかがでしょうか、ということです。<br />
まわりが楽しそうにしていれば、自分も楽しくなってきます。</p>
<p>だとしたら、自分が楽しくなるためには、まわりを楽しくすればいいということになりますね。</p>
<p>そして、本当のことは、自分が楽しくしていれば、まわりが楽しくなるということなのです。</p>
<p>だって、私たちは、まわりの人も、この世界も「ぜんぶ」で「ひとつ」なのですから。</p>
<p>そして、今は、自分という存在でいて、この世界に生きることを楽しみ、世界を少しでも良くするために、今ここに居ることを選んだのですから。</p>
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		<title>No.507 サネヤ・ロウマン</title>
		<link>http://www.iyashinokotoba.net/archives/510</link>
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		<pubDate>Mon, 17 May 2004 01:57:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[サネヤ・ロウマン]]></category>

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		<description><![CDATA[&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#821 [...]]]></description>
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<p><strong>「自分自身を信頼し、<br />
自分が欲しいものを生み出せることを信じてください」</p>
<p>&#8211; サネヤ・ロウマン（アメリカのチャネラー）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>「水泳の方法」を教えてくれる本を何冊読んでも、泳げるようになれるかどうかはわかりません。<br />
たくさんの人から、泳ぎ方のコツを教えてもらっても、それだけで、必ず泳ぎをマスターできるものでもありませんね。</p>
<p>確かに、腕の回し方や足の動かし方、どんなタイミングで息継ぎをすればいいのかという知識は増えるでしょう。</p>
<p>でも、実際に泳いでみると、頭で考えるように、うまくいくとは限りません。<br />
手や足の動きが変になって、身体が沈んでしまったり、完璧に息継ぎをしているつもりでも、水を飲んでしまったり……<br />
何度も溺れそうになって、そのたびに、いろいろなことを学んで、無我夢中で水に飛び込んでいくうちに、気がつくと、泳げるようになっていたりするものですね。</p>
<p>そう、うまくいかなくても、失敗してもいいじゃないですか。<br />
そろそろ、飛び込んで、無我夢中になってみてはいかがですか。<br />
それで、もっと自分らしい生き方ができるようになるのですから。<br />
本当に、やりたいことに近づくのですから。</p>
<p>思いっきり生きることを楽しんでみましょうよ。<br />
あなたは、もう、自分が何をしたいのか、どうすれば、もっとワクワクできるかということの知識は、充分、持っているでしょう。</p>
<p>ゆったりと楽な姿勢をとってください。<br />
イスに腰掛けたままでも、床やベッドに寝そべったままでも構いませんよ。<br />
お気に入りの、静かな音楽なんかを流してみてもいいですね。</p>
<p>では、その姿勢のままで、片腕を首の後ろから回して、自分のほっぺたをつねってみましょう。<br />
少し苦しく思えるくらいに、できるだけ腕を伸ばして、ちょっと痛みを感じる程度にほおをつまんでみます。</p>
<p>どうですか。<br />
今、楽な状態で、苦しいくらい腕を首の後ろに回して、好きな音楽を聴きながら、ほっぺたをつねっていますね。<br />
どんな気持ちを感じていますか？</p>
<p>ここで面白いことをお教えしましょう。<br />
「首や腕が苦しい」<br />
そう思えば、本当に、ものすごく苦しくなってきます。<br />
「ゆったりとした姿勢でいる」<br />
そこに意識を向ければ、身体が楽になってくるように感じられてきます。</p>
<p>「ほっぺたが痛い」<br />
そうですね。<br />
他のことは、もう考えられなくなって、ほっぺの痛さだけが大きくなってくるのです。</p>
<p>「好きな音楽が流れている」<br />
本当に、生きることはステキだと思えてきますね。</p>
<p>まったく同じ状態でいるのですが、どこへ意識を向けるか、何を感じるかで、気持ちは大きく違ってきます。<br />
うれしいのは、今の状態で、何を思うのかを選ぶことができるのは、自分だけだということです。</p>
<p>ねえ、本当にそうですよね。</p>
<p>今日１日、きつい肉体労働をすることになりました。<br />
もし、できるだけ体力を消耗しないように気をつけながら、仕事を続けたとしたら、きっとすぐに疲れてしまうでしょう。</p>
<p>そして、１日の終わりにはぐったりして、いくら長く眠っても、疲れはなかなか回復しないことでしょうね。<br />
なぜかというと、力をセーブしようという考えが浮かぶのは、１日の自分のエネルギー量が決まっていると思いこんでいるからです。</p>
<p>だから、使った分だけ、体力は減っていくのです。<br />
では、力は使っても、また湧いてくるものだと信じていればどうでしょうか。</p>
<p>力を出し惜しみすることもないでしょう。<br />
思いっきり、自分の力を出し切ることができるでしょうね。<br />
もちろん、がんばって力仕事をした後は、疲れ切ってぐったりしてしまうでしょう。</p>
<p>でも、それは心地の良い疲れかも知れません。<br />
ゆっくりと休養を取れば、きっと、すぐにまた力は回復しているでしょうね。</p>
<p>だって、力は使えば使うほど、湧いてくるものだと信じているのですから。<br />
与えれば、与えるほど、より大きなものが手にはいるのですから。</p>
<p>もちろん、これは、「愛」や「夢」だって同じことですよね。</p>
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