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	<title>癒しのことば &#187; カルロス・カスタネダ</title>
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	<description>ゆっくりと、のんびりと</description>
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		<title>No.766  カルロス・カスタネダ</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Apr 2007 04:01:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[カルロス・カスタネダ]]></category>

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<p><strong>「できるだけ深く、自分の『力』の秘密を解いていく者。<br />
それが知者なのだ」</p>
<p>&#8211; カルロス・カスタネダ（アメリカの人類学者）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>知っておくと『生きるのが楽になる』こと。</p>
<p>それは&#8230;&#8230;</p>
<p>「ものごとをあるがままに受け入れれば、心が楽になる」</p>
<p>たとえば、ある人の存在があなたの気分を苛立たせているとします、あるいは、何か気が滅入るような出来事があったとします。</p>
<p>でも、本当にあなたの心を苦しめているのは、その人やその出来事ではありません。<br />
その人はその人なりのやり方で生きているのだし、出来事は、ただ起こっただけなのです。</p>
<p>では、何があなたを苛立たせ、気分を落ち込ませているのかというと、<br />
「人はこうでなければならない」<br />
「いつもこんな状態であるべきだ」<br />
という、あなたの思いなのです。</p>
<p>だから、相手を変えるよりも、出来事に出会わないことを祈ったり出来事を見ないようにするよりも、本当に心を楽にするためには、その「思い」をニュートラルにすることが大切です。</p>
<p>その「思い」が悪いのではありません。<br />
人は生きているうちに、生きやすくするために、さまざまな価値感を身に着けていくのですから。</p>
<p>「思い」をなくすことなんてできないし、否定することもないのです。</p>
<p>ただ、それが、今、自分を苦しめているとしたら、その「思い」が今は、もう必要でなくなったということを教えてくれているのだと理解してください。</p>
<p>つまり、古い殻を脱ぎ捨てて、新しいステージに登るときなのだということです。<br />
それに気づけばいいのです。</p>
<p>そして、自分を苦しめているものを、受け容れるようにしてみます。<br />
これは、前にも書きましたが、けっして無理をする必要はありません。</p>
<p>「それは、そういうものなんだ」<br />
と、認めるだけでいいのです。</p>
<p>これは、良い悪い、好き嫌い、正しい間違っている、とはまた別次元のことだったのですよね。</p>
<p>その人は、そんなことをする人なのだし、その出来事は、そんなことなのです。</p>
<p>そう受け容れれば、次に自分がなすべきことが見えてくるでしょう。<br />
それだけで、心がずいぶん楽になるのではないでしょうか。</p>
<p>本当のことを言いますと、世の中にあるすべての宗教が説いている究極の教えが、<br />
「ものごとをあるがままに受け容れる」<br />
ということのようです。</p>
<p>宗教では、その後の幸せは、神や導師に委ねるのですが、そんなことをしなくても、自分の力で幸せになることができるのです。</p>
<p>ただ、見方を変えて、</p>
<p>・痛みは、私たちの友達で、気づきのメッセージだ<br />
・人生は、さまざまなことを見ることが目的で、今を楽しむためにある<br />
・すべての問題を創っているのは自分。がんばる必要はない<br />
・人生は、何でもあり。「こうでなければならない」というものはない<br />
・苦しい時は、自分のエネルギーをあげてみると、見えてくるものがある</p>
<p>ということを思い出してみてください。</p>
<p>&#8230;&#8230;そして、もうひとつ、さらに大事なこと。</p>
<p>「ものごとをあるがままに受け容れる」<br />
ということは、自分自身に対しても、もちろん同じです。</p>
<p>他人が、その人はそんな人であるように、自分も、そんな人なのです。</p>
<p>完璧でない自分<br />
ダメな自分<br />
失敗ばかりしてしまう自分<br />
弱い自分<br />
そんなことばかりを考えてしまう自分</p>
<p>今は、それでいいのです。<br />
そんな自分だということを受け容れて、行動してみましょう。</p>
<p>受け容れて、必要な気づきを学べば、新たなステージに進むことができるのです。</p>
<p>そうですよね。<br />
この世界を楽しむために、あなたは生まれてきたのでしたよね。</p>
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		<title>No.745 カルロス・カスタネダ</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Feb 2007 20:44:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>shin</dc:creator>
				<category><![CDATA[バックナンバー]]></category>
		<category><![CDATA[カルロス・カスタネダ]]></category>

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<p><strong>「そして、それまでの生き方は生きるに値せんと悟った……<br />
だから、そいつを変えたのさ」</p>
<p>&#8211; カルロス・カスタネダ（アメリカの人類学者）&#8211;</strong></p>
<p>&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;&#8212;-</p>
<p>墨だけですべてを描く、水墨画。<br />
黒い墨の濃淡だけなのに、深く壮大な世界を表現できることに驚かされます。</p>
<p>その水墨画では、墨で描いた部分も大切ですが、余白の方がもっと大切な要素だと聞いたことがあります。<br />
描いてあるものを表現するためには、描いていない部分こそが重要になるこ　ともあるのですね。</p>
<p>それで思い出したのが、「パレートの法則」と呼ばれるもの。<br />
これは経済学における経験則のようなもので、あらゆる現象の重要性は、平均的になるのではなく、一部に偏る傾向があるというものです。</p>
<p>よく言われる、ある会社であつかう商品のうち、２０％の商品の売り上げが、全体の８０％を占める、といった分析も、パレートの法則を応用したものです。<br />
上位２０％のお客さんが、全体の売り上げの８０％を占めるというのもそうですね。</p>
<p>これは経済活動だけに言えるのではなくて、自然現象や社会現象についても同じようなことが起こるということです。<br />
ただし、これは、単純に主要な２０％のみが、全体の８０％もの重要性を持っているとは言えるわけではありません。</p>
<p>２０％だけが重要で、残りの８０％は重要ではないとは限らないのですね。<br />
水墨画のことを考えてみてください。</p>
<p>墨が付けられている部分が、ピッタリ全体の２０％を占めるかどうかはわかりませんが、余白の８０％だって大切でしたよね。</p>
<p>アリに関しても似たような研究があります。<br />
いつも、せっせと忙しそうに動き回っているアリたちですが、よく観察してみると、まじめにエサを運んでいるのは、だいたい全体のアリの２０％しかいないそうです。</p>
<p>残りの８０％のアリは、ただ、意味もなく歩き回っていて、遊んでいるとしか思えないというのです。<br />
それでは、というので、研究者が、よく働く２０％のアリばかりを集めて、新しい集団を作ってみました。<br />
これはさぞかし勤勉で効率のいい組織になることでしょう。</p>
<p>……でも、実際には、そうはいきませんでした。</p>
<p>なぜなら、働き者のアリたちばかりを集めたはずなのに、いつの間にか、働いているのは、やっぱり全体の２０％しかいなかったのです。</p>
<p>８０％の働かないアリたちを集めても同じこと。<br />
結局、そのうちの２０％が急にまじめに働きだして、全体の割合には変化がなかったというのです。</p>
<p>そして、さらに研究が進んで、わかってきたこと。<br />
それは、遊んでばかりいる８０％のアリこそが、集団の維持にとっては大切で欠かせない存在だったということです。</p>
<p>どういうことかと言いますと……</p>
<p>確かに２０％アリたちは、わき目も振らずに、見つけたエサがある場所と巣とを往復し続けます。<br />
これは確かに、勤勉で働き者のアリの態度ですね。</p>
<p>だけど、運び続けているうちに、いつか必ず、エサは無くなってしまいます。<br />
それから、新しいエサを探しはじめたのでは、巣を守るアリたちは飢え死にしてしまうかも知れません。</p>
<p>そこで、遊んでいるように見えるアリたちの登場です。<br />
実は、このアリたちは、ただふらふら歩き回っているだけではなくて、気の向くままにあちこち動き回っているうちに、偶然、新しいエサのありかを見つけ出したりしているのです。</p>
<p>つまり、８０％アリたちは、遊んでいるかのように見えて、実際には、いろいろな場所にアンテナを伸ばしていたりしているのですね。<br />
ですから、この怠けアリたちがいるからこそ、集団としてのアリは、途切れることなく、いつでも食糧を得続けることができているのです。</p>
<p>だからといって、もちろん、勤勉なアリたちは大切ではないというわけではありません。<br />
それぞれの個性や役目を、精一杯に生きることこそが大切なのですね。</p>
<p>私たちの毎日にしてもそう。<br />
一日２４時間を、２４車両が繋がった貨物列車だと考えてみてください。<br />
どの車両にも目一杯に荷物を積み込んで走るのは、重くて辛すぎます。<br />
かといって、ちょっぴりしか乗せないのでは、もったいないですね。</p>
<p>多すぎず少なすぎず、楽で心地が良いくらいが、ちょうどいいですね。人生だって、同じことではないでしょうか。</p>
<p>楽に、心地よく、魂が納得するように……<br />
自由に、楽しく……</p>
<p>つまり、自分らしく生きていきましょうよ。</p>
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