No.804 J・マーフィー
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「楽天主義も悲観主義も一つの思考習慣によるものです。
楽天家の人生が楽しく、悲観主義者の人生が暗いのは当然です。どちらもそれを望んだからです」
– J・マーフィー(アメリカの思想家)–
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もうずいぶん昔の話ですが、しばらく工場でアルバイトをしていたことがありました。
電気製品の工場で、流れ作業で組み立てていく仕事です。
現場には、いくつかの班があり、班単位で休憩したり食事に行ったりします。
午前と午後に、ほんの少しだけの休憩時間があり、トイレに行ったり、休憩室でジュースを飲んだりして身体を休めていました。
同じ班に、私より少し年長のおじさんがいました。
その人とは、アルバイトをはじめたのが同時期だったこともあり、よく並んで座っていろいろと話しをしたものです。
おじさんは、毎日、午前も午後も休憩時間には、同じ種類の缶コーヒーを飲んでいました。
休憩室にある自動販売機で買った缶コーヒーです。
あまりにも毎回同じものなので、あるとき尋ねてみました。
「その缶コーヒー、よっぽど好きなんですね」
ところが、おじさんの返事は、ちょっと意外なものでした。
「ああこのコーヒーか? 俺はあんまり好きじゃないよ。
甘ったるいのは苦手なんだ」
「じゃあ、どうしていつも同じ種類のコーヒーを飲んでいるの?」
「どうしてって……
どうしてだろうなあ」
よく聞いてみると、おじさんは自動販売機にお金を入れると、ついつい一番左にあるボタンを押してしまうというのです。
クセのようなもので、気がつくと、そのボタンを押してしまっているそうです。
自動販売機には、微糖やブラックのコーヒーもあるのに、おじさんは、いつでも砂糖がたっぷりと入った缶コーヒーを買ってしまっているようです。
それ以来私は、、おじさんがその缶コーヒーを飲んでいるところを見ると、からかうようになりました。
「あ、またそのコーヒーを飲んでいる」
「あれ? 甘いのは嫌いじゃなかったの?」
そのたびにおじさんは、少し悔しそうに首をひねります。
「本当だ、またこのコーヒーだ」
「何で、いつもこんな甘いのばっかり飲まなきゃいかんのだ」
結局、数ヵ月後に私が退社するまで、おじさんは、毎日、2回の休憩時間のたびに、あまり好きではないコーヒーを飲んでいました。
それからかなりの年数が経ちますが、ひょっとしてまだ、その会社にいるのなら、今も、同じ甘いコーヒーを飲み続けているのかも知れません。
おじさんは、そのコーヒーは好きではなかったのです。
でも、自動販売機の同じボタンを押し続けていたので、いつでもそのコーヒーが出てきていました。
ボタンを押したのは誰でしょう。
そのコーヒーを選んでいたのは誰でしょう。
誰でもない。
おじさん本人ですよね。
自動販売機の、同じボタンを押せば、いつでも同じものが出る。
当たり前のことです。
もし、違うコーヒーを飲みたければ、違う位置にあるボタンを押せばよい。
これも当たり前といえば、当たり前のことですね。
人生で同じ選択を繰り返していれば、いつも同じ生き方になる。
当たり前のことです。
もし、違った生き方をしたければ、違ったことをしなければならない。
新しい選択、別の行動。
これだって、当たり前といえば、当たり前のことです。
今の生き方が気に入らないのなら。
もっと楽しく生きたいと思うのなら。
『楽しく生きる』という選択をしてみるだけのことですよね。
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2007年10月19日
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