「2006年11月」のアーカイブ

No.711 タデウス・ゴラス

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「私達は必ず、自分のバイブレーションのレベルに応じた、ものの見え方や体験をしているのです」

– タデウス・ゴラス(アメリカの作家)–

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知り合いが事故に遭ったのか、自分が轢かれそうになったのか……
とにかく、何らかの理由で、自動車が大嫌いになった人がいたと思ってみてください。

自動車を見ることはもちろん、クラクションやエンジンの音を聞くのも嫌。少し排気ガスの臭いがしただけでも、眉間にしわが寄ってしまいます。

その人は、自動車を避け、自動車を見ないようし、いつも自動車を無視していました。

『自動車はダメ、自動車は嫌だ、この世から自動車なんて消えてしまえばいいのだ』
そんなことばかりを強く思っていたので、ついに、その人には、自動車が見えなくなってしまったということです。

脳の奥底で自動車の存在を抹消して、目の前にあっても、それを自動車だと認識しなくなっていたようです。

……その結果、その人は、自動車事故に遭い大怪我をしてしまいました。
自動車が見えないのですから、道路の真ん中を平気で歩くようになっていたのですから。

まあ、これは極端なお話ですが、あまりにも何かを否定し続けた結果、その何かが、自分に押し寄せてくるというのは、よくあることです。

犬が怖い、と思っていると、犬の姿を見かけた途端、ついつい身体が硬直したり、動きがぎこちなくなったり、大声を出したり。
あるいは、睨み付けたりして、かえって犬の注意をひいてしまって、吼えられたりすることもあるでしょう。

逆に何かに執着し過ぎるのもあまり良くないようですね。
誰かを好きになって、その人を思い続けるのはいいのですが、しつこく「好きだ」と言ってみたり、後を追い掛け回すようなことになれば、場合のよっては、ストーカー扱いされて、結局は嫌われてしまいます。

お釈迦さまが言ったように、楽器の弦を強く張り過ぎればちょん切れてしまいますし、緩ませ過ぎたら、今度は音が出なくなるのです。

がんばり過ぎれば倒れてしまいますし、何もしなければ、ただのなまけ者。
生真面目に生きようとすればするほど窮屈になりますし、かといって、不真面目な遊びばかりをしていては、心身が堕落してしまいます。

そう、何事にもバランスが大切ですね。

それに、こんなこともありますよ。
道端にラジカセを置いて、演歌を流せば、演歌が好きな人たちが寄ってきます。

ハードロックをかければ、それらしい格好をした連中がやって来るでしょう。
クラッシックの音楽なら、やっぱりクラッシックファンが集まって来くることになるでしょうね。

奏でる音楽によって、寄って来る人の層も違ってくるのです。

そして、これは、私たち自身にも言えることのようです。
つまり、自分が考えていること、出している波動によって、集まる人も変わってきますし、起きる出来事も違ってくるのです。

否定しすぎても、執着しすぎても、求める結果からは遠ざかってしまいます。
自分が思っていること、生きる態度によって、見えてくるものも違ってきます。

だから、あなたに夢や目標、望むものがあるのなら……

そうならなければいけないと執着するのではなく。
それを邪魔するもの、そうでない今の状態、努力できていない自分を否定するのではなく。
すべてを受け入れ、夢に向かっていく自分を楽しんでみてはいかがでしょうか。

……幸福になりたいって?
世界が平和で、喜びに満ち溢れているのが夢ですって?

じゃあ、とにかくニッコリ笑ってみて、まず自分が幸せを感じてみればいいのでしょうね。

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プロフィール
大阪在住のライターです。
メルマガや超短編なども書いています。
慢性腎不全のため減塩生活中……

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