No.712 アラン・コーエン
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「あなたが望むものを手に入れる一番の方法は、自分自身でいること」
– アラン・コーエン(アメリカの作家)–
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先日、何人かの方たちとお会いしたとき、こんな話題で盛り上がりました。
「私たち人間が、本当に自然であるがままに生きていくことができれば、神や仙人のような神聖な存在に近づくことができるのではないか」
どういうことかというと……
我々が毎日に出会うこと、体験することなどに、感情的にひっかからず、ただそのまま受け入れる。
その経験から学ぶことを学び、自分の成長のために受け入れる。
そして、その瞬間瞬間に、自分ができる最大限のことをやってみる。
そんな生き方をしている方たちは、もはや、ほとんど睡眠をとる必要もなく、食べるものも極少量でよくなるようです。
実際に、そこに集まった人が知っているだけでも、あるスリランカのお坊さんや太極拳の指導者、すばらしい能力をお持ちになった治療家など、何人もの方々に共通していることでした。
実際、私自身も、かつてそんな方々とお会いしたことがありますし、噂を聞くことも多いです。
その理由として、私たちはその場で、こう考えてみました。
日常生活において、私たちには、うれしいことや悲しいことが幾度となく起こります。
また腹立たしい出来事にも遭いますし。幸せを感じる瞬間だってあるでしょう。
それを、大切な経験として受け入れることができればいいのですが、多くの人は、ついつい出来事にこだわってしまいます。
いろいろな感情に翻弄されたり、後悔や無念さ、あるいは期待や傲慢さなどが心に一杯広がり、それがずっと残っていたりするのです。
そういうひっかかりこそが、私たちの心を疲れさせ、エゴを膨らませたり、満たされない気持ちを生み出す元となるのではないでしょうか。
たとえて言えば、水道管にキレイな水を流し続けたら、いつまでも水道管はキレイなままでいますが、汚れた水を流していれば、水道管には、どんどんと汚れが溜まっていきます。
そのままでは水道管は詰まってしまって破裂してしまいかねません。
だから、ときどき流す水を止めて、水道管をキレイに掃除する必要が出てくるのです。
それが、眠るということ。
それと、私たちを襲う、今の人生が十分に満たされていないという気持ちは、空虚感を生み出します。
その虚しさを埋めようと、食べ過ぎたり、仕事中毒になったり、誰かのために何かをやっていないと落ち着かないということもあるようです。
……それに比べて、何が起こっても心にひっかかりがなく、そのまま自分自身でいて、今という瞬間を100パーセント楽しめる方は、汚れなど溜まりませんし、いつも満たされたよろこびを感じることができるでしょう。
だから、身体を休める程度に横になれば、あまり眠らなくても十分ですし、必要以上にものを食べたりすることもなくなるのです。
そういうわけで、少し睡眠時間が短いと、「眠い、眠い」とあくびをしたり、つい食べ過ぎたり、飲みすぎてしまう我々とは大違いですね。
これは反省して、聖人の方々を見習いたいものだと思います。
彼らのように生きていくことができれば、眠ったり食べたりしなくていいということはさておいても、もっと心安らかで落ち着いた幸福感とともに生きてゆくことができるのでしょう。
……もっとも、凡人でなかなか欲を捨てきれない私たちには、その域に達するのは、ちょっと難しいことですよね。
安心してください。
その場では、私達は、こんなことも話し合いました。
聖人の生き方はすばらしいと思うが、肉体を持っている我々は、どうしても煩悩に惑わされ、迷いやエゴに苦しめられてしまう。
でも、だからこそ、そんな苦しみから、何かを学ぶために生まれてきたとも考えられる。
いくら頭で考えても、人から教えられても、実際にその状況になって経験してみないと、本当にわかったことにはならない。
そんな苦しみ迷いを繰り返して、本当の自分自身に近づいていくのではないだろうか……
その場にいたひとりが言ったことばが、今も心に残っています。
「神さまの世界にいれば、苦しみはないが、本当は、たくさんの人たちが、この世に生まれていろいろ学びたいと思っているんだ。
ただし、その願いが叶えられるのは、何万人にひとりという確率になるだろう。
今、この地球に生まれて暮らしている人は、学ぶための千歳一隅のチャンスを与えられたことになる。
最高に運がよかったのだから、みんな大いに今を楽しもうよ」
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2006年11月28日
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