No.662 ロバート・ブラウニング
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「私は人生を、魂の力を試す材料だと考えている」
– ロバート・ブラウニング(イギリスの詩人)–
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子供のころ、こんな遊びをしたことがあります。
道に、水の入ったバケツや植木鉢などをいくつか並べておきます。
誰かひとりにそれらをよく見て位置を覚えてもらったら、目隠しをして、その道を歩くように言います。
さて、バケツや植木鉢に当たらずに、無事、道の向こうまでたどり着くことができるでしょうか。
……実は、この遊びは、ちょっとしたいたずらで、実際には、誰かが目隠しをしたとたん、バケツ等は、すべて片付けておくのです。
知らないのは、目隠しをしている子だけ。
おっかなびっくり、そろそろと、その子が障害物があるであろうと思っている場所を避けようとしたり、足で探っている様子を見て、いたずらを仕掛けた私たちは、笑いを堪えるのに必死です。
そして、最後に目隠しを取って、後ろを振り返ったときの、その子の唖然とした表情がとても面白かったのです。
そういえば、子供のころの私は、とても無口でおとなしい子でした。
もともと人見知りをするようなタイプでしたが、小学校に入学して間もない頃、休み時間も机に座ってじっとしてた私を、何人かの同級生がからかってきたのです。
「こいつは、ぜんぜんしゃべらないな」
「そういうのを無口って言うんだぜ」
と言われたことばを、今でも覚えています。
そんなことがあったりして、毎日、登校するたびに、「無口、無口」と言われ、いつの間にか、私は、学校では、ほとんど口をきかないようになっていました。
小学校へ入るまでは、おとなしいとはいっても、はじめは人見知りをするだけで、慣れてくると、普通に話しをしていたのです。
でも、気がつくと、自分自身で「私は無口なんだ」と、ずっと前からそうだったかのように思ってしまっていたし、周りの人たちも、私のことを、『あまりしゃべらない子どもだなと思っている』と、自分で勝手に決めてしまっていたのです。
学校でほとんどしゃべらないことは、小学校の間中続きました。
さらに、中学へ入っても、同級生は、同じ小学校から何人も来ているので、その思い込みが変わることもなく、やはり、口をきかなかったのです。
もちろん、自分では、友達と、もっといろいろ話したかったし、活発に行動もしたかたったのですが、「自分は、無口だし、おとなしいのだから……」という思い込みが邪魔をして、どうすることもできませんでした。
その後、私は、高校へ入学しました。
自宅からは、電車で、十数分のところにあった高校ですが、はじめて自分の教室に入ったときに、まわりを見回して、クラスメイトに知っている顔がまったくないことに気づきました。
同じ中学から、何人かは、この高校へ入ったはずですが、同じクラスになったこともなく、知り合いでもない生徒ばかりでした。
ということは、このクラスには、私が無口でおとなしいということを知っている者は誰もいないのです。
私は、言いたいことも言えない、そんな学生生活に、もううんざりしていましたので、これは、ひょっとしたら、すごいチャンスかも知れない、などと思い、ちょっと勇気を出して、隣の席の生徒に、ちょっとだけ話しかけてみました。
どんなことを話したのかは忘れてしまいましたが、彼は、普通に返事をしてくれまたのです。
当たり前のことのように思えますが、そのときの私にとっては、これは、背筋に電撃が走るような、大きなことでした。
自分が、普通に、同級生と話している。
彼は、「無口のくせに……」などという顔などせずに、答えてくれた。
私は、自分が無口だから、人とうまく話すことなんてできないと思っていたし、無口なはずの自分が、話しかけたりしたら、へんなふうに思われるのではないかと、ずっと信じてきていたのです。
考えてみれば、それは、私の勝手な信じ込みに過ぎなかったのですね。
そんな信じ込みを手放したときの気持ちは、何か、背中に乗っていた重いものが、どこかへ飛んでいったような、スッキリとしたものでした。
それからは、まあ、相変わらず、ちょっと人見知りはしますが、人とは普通に話せています。
人からみれば、たいしたことでもないように思えるでしょうが、小学校や中学の時代を振り返ってみれば、これは、私には、人生が変わるような、大きな出来事だったのです。
そう、私は、目隠したまま、ありもしないバケツや植木鉢を、一生懸命に避けようと、がんばっていたのですよね。
……あなただって、ひょっとしたら、今もまだ目隠しをしたままのことがあって、それで苦しんでいるのかも知れませんね。
それは、きっと、何かに気づき、自分が大きくなっていくためのきっかけなのでしょう。
思い切って目隠しを取ってみる勇気。
変化を楽しむ勇気。
目をそらさずに前を向いて進んでゆく勇気。
人生にとっては、小さくても、そんな勇気を持つことが、魂を磨くことになっていくのでしょうね。
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2005年08月26日
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