「2005年5月」のアーカイブ

No.641 アンドレ・ジイド

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「人生はよくなるものだという確信を捨ててはいけない–
それがあなたの人生であれ他人の人生であれ」

– アンドレ・ジイド(フランスの小説家)–

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子どもの頃に、よく雑誌などに載っていた遊びです。

森や街の絵があります。
これだけ見ると、ただの風景を描いた絵に過ぎないのですが、その絵の下にこんなようなことが書いてあるのです。

「この絵のなかに、動物が5匹かくれているよ。
ぜんぶ見つけられるかな?」

そこで、もう一度、絵を見返してみます。
今度は、どこに動物がいるのか、みつけてやろうという意識で、一生懸命に探します。

すると、木の葉のなかにウサギがいたり、大きな岩だと思っていたのがカメだったりと、はじめて見たときには、まったく気がつかなかった、動物たちが見えてきたりするのです。

同じ絵を見ているはずなのに、ただ見ているだけのときと、何かを見つけようという意識で見るのとでは、見えてくるものが違っているようですね。

また、同じような遊びで、「間違い探し」というものもあります。

絵が2枚並んでいます。
はじめは、まったく同じ絵に見えるのですが、よく探してみると、人物の服の模様が少し違っていたり、手に持っているものが別のものだったりと、次々に間違いが見つかります。

あと1つ間違いがあるはずなのに、見つからないときなど、目を皿のようにして、何とか見つけようと熱中してしまったりしたものです。

これも、はじめは同じ絵に思えたものが、間違いを探してやろうという意識で見るから、違っているところがよく見えてくるようですね。

……もちろん、これらはただの遊びですから、ただ楽しめばいいのでしょうね。

だけど、最近、こんなことを思ったりすることがあります。
ツイていないと思ったり、自分ばかりが不幸に出会っていると感じてしまうとき……

ふと気づくと、それは、自分が「間違い探し」のゲームをしているからではないのかと。

良いこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと。
人生には、いろいろなことが起こるようになっています。

それは、必要なことを学んだり、何かに気づくきっかけを与えてくれている
からのようです。

自分だけがツイていない。
いつも自分は不運なんだ。

そんな意識で世界を見れば、辛くて悲しいことばかりが見えてくるでしょう。
この世界は、不幸で一杯に思えてしまうでしょう。

でも、きっと、楽しいこと、ラッキーなこと、ステキなことだって、同じように、どこかに隠れているのではないでしょうか。
今まで、見ようといういう意識を持たなかったから、見えなかっただけのことなのですよね。

今日から、隠れている動物を探すように、自分のまわりにある、楽しいこと、すばらしいことを探してみてはいかがでしょうか。

ほんのちょっとしたことでもいいのです。
探そうとすれば、いくらでも見つかるはずですよ。

はたして、どれだけの良いことが、あなたのまわりに隠れているのでしょうか。

……と、考えてみただけで、もう世界が明るくなったように思えてきていますよね。

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プロフィール
大阪在住のライターです。
メルマガや超短編なども書いています。
慢性腎不全のため減塩生活中……

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