No.612 デール・カーネギー
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「人間の最も悲劇的な本質のひとつは、誰も彼もが生きることを先延ばしにしたがることだ」
– デール・カーネギー(アメリカの著述家)–
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とても大きな荷物を肩に担いだ人が、あなたのところへやってきました。
見ると、肩の荷物の上には、さらにいくつかの荷物が乗っていて、両手にもまだ荷物を持っているのです。
その人は尋ねます。
「私は、Aというところへ行かなくてはならないのですが、道がわからなくて困っています。
どうか教えていただけませんでしょうか?」
その場所のことを知っていたので、あなたは、行き方を教えてあげます。
近道や気をつけた方がいい場所のことなども、丁寧に伝えたのでした。
その人は、あなたにお礼を言います。
「どうも、ありがとうございます。
本当に助かりました」
ところが、そのことばには元気が感じられません。
その人は、しばらくその場に立っていましたが、また大きな荷物を抱えてよろよろと歩きはじめます。
あなたは、
『道を教えてほしいといったから、教えてあげただけだ。それで十分なはずだろう……』
と思いながらも、どうも気になって、その人の後を追いかけてみました。
すると、その人は、別の人に、また道を尋ねているのです。
道を教えられると、その人はまた、力なく歩きはじめます。
あなたは、思い切ってその人に声をかけてみました。
「あなたは、Aへ行く道をわたしに尋ねたけれど、本当は、もっと違うことを聞きたかったのではないですか?
よかったら、何が気になっているのか話してみてくれませんか?」
その人は、そう言われるとホッとしたような表情になりました。
「実は、私は、Aへ行かなければならないはずなのですが、どうして行かなくてはならないのかがよくわからないのです。
それに、こんな大きな荷物を抱えてしまって辛いのです。
どうすれば、もっと楽になれるのでしょうか……」
あなたは、その人の話を聞いてあげました。
どうしてAへ行かなくてはならないと思っているのか?
そこで何をしたいと考えているのか?
もし、Aへ行かないとしたら、どうなるのか?
なぜ、こんな荷物を背負うことになったのか?
どうすれば荷物を降ろすことができるのか?
少し尋ねるだけで、その人は、いろいろなことを話してくれました。
はじめは、おずおずと話していたのですが、だんだんと、自分の思いを語りだすのです。
あなたは、ただ相槌を打つだけで、特に自分の意見を言ったり、アドバイスを与えたわけではありません。
ところが、その人は、話し終わると、とてもスッキリした表情になっていました。
「ありがとうございました。
あなたにいろいろ教えてもらったおかげで、ずっと苦しんでいたことがすべて解決してしまいました。
やっぱり私が行きたいところは、Aではなくて違うところだったのですね。
これで迷うことなく、自分の望むところへ進んでいくことができます」
『私は何も、アドバイスをしたわけではないのに……』
不思議に思いながら、あなたが、その人を見ると、なぜか、肩の上や両手に抱えていた荷物は、いつの間にかなくなってしまっていたのでした。
……その人が、知りたかったのはAへ行く道ではなかったようです。
確かに、表面的には、道がわからずに困っていたのでしょう。
でも、その人が抱えていた苦しみは、もっと別のところにあったのでしょう。
自分でも、それに気づかず、ずっと長い間、一生懸命に表面的な問題を解決しようとあがいていたのかも知れません。
それが、誰かに自分の胸のうちを話すことによって、問題の本質や、自分が本当に望むことが見えてきたのでしょう。
あなたは、何か問題を抱えているでしょうか?
だとしたら、問題についてではなく、今自分が感じていることを誰かに話してみたり、自分の胸のうちで整理してみてはいかがでしょうか。
そんなとき、アドバイスや意見は必要ありません。
ほかの人からのアドバイスもそうですし、自分の頭で考えた意見もいりません。
ただ自分自身を感じてみて、今、自分が望んでいることを発見すること。
抱えているいらない荷物は手放すこと。
自分自身を本当に生きることは、そこからはじまるのですね。
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2005年01月25日
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