No.487 シェークスピア
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「避けることができないものは、抱擁してしまわなければならない」
– シェークスピア(イギリスの劇作家)–
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量子力学に、『シュレーディンガーの猫』という有名な実験の話があります。
これは、フタを閉じた箱のなかに、青酸カリの小瓶と一緒に猫を閉じこめるという、ちょっと残酷にも思えるものです。
(……でも、実際に行われるわけでもない、理論上の思考実験ですので、どうかご安心くださいね)
さて、この箱の青酸カリの小瓶には、放射性物質を使った仕掛けがしてあって、もしも放射線崩壊が起きれば、小瓶が割れて青酸ガスが放出され、猫が死んでしまうようにされています。
1時間後にフタを開けてみます。
そのとき、箱のなかの猫は生きているでしょうか? それとも死んでいるのでしょうか?
……それを考えてみよう、という実験です。
もちろん、放射性物質が放射線崩壊を起こすかどうかは、確率的に計算できるので、何パーセントの確率で生きているとか、「たぶん生きているはず」「きっと死んでいるだろう」といった答えを出すことは可能です。
また、1時間たつと、どちらにせよ、すでに猫の生死は、すでに決まっているはずなので、箱を開けたときにそれを確認すればわかることだ、と考えることもできるでしょう。
しかし、それでは正確な答えとは言えないのです。
普通に考えると、猫は、「死んでいるか」「生きているか」のどちらかの状態しかないはずなのですから。
これを説明する答えとして、量子力学では、箱を開ける前、猫の生と死は同時に存在すると考えます。
つまり、「生」か「死」かのどちらかを取るのではなくて、猫には、「生」も「死」も同時に存在しているとするのです。
そして、箱のフタを開けた瞬間に、「生」か「死」のどちらかの状態に収束されると説明します。
……という「答え」で、あなたは納得されましたか?
きっと、ほとんどの方が、頭をひねってしまったのではないでしょうか。
(もちろん、私も、はじめは何の事やらさっぱりわかりませんでしたよ)
それもそのはず、これは、素粒子の動きや量、さらにはそこに存在するかどうかは、観測してみるまではわからないという、量子力学で一番理解しがたいといわれる概念を、わかりやすいように示唆するために創られた実験なのですから。
もともと量子力学は、古典的なニュートン力学では説明のつかない、素粒子の運動を研究する学問です。
『シュレーディンガーの猫』の実験は、そんな難解な概念を、単純化して、たとえ話風の実験にしたのでしょうが、それでもなかなかピンときませんよね。
この概念が難解なのは、私たちの常識や考え方と、大きく違っているからなのでしょう。
だって、私たちが普段見ている世界では、古典的な力学で、すべてがうまく説明できるように思えるのですから。
「この速度で、この道を進めば、目的地に到達するのはこの時間」
「このくらいの力を加えれば、その物体はこのくらいの影響を受ける」
そして、人生においても、ほとんどのことがこの力学で充分間に合いますね。
「こうすれば、結果はこうなる」
「こんな成果が欲しければ、あとこのくらい努力する必要がある」
そんなふうに、古典的な力学の法則に従って、私たちは、もっと良く生きるために、または、目標を達成するために努力をしています。
普段は、その力学とは、まったく違った法則もあると、思いを巡らすことも、まずないでしょうね。
確かに、この古典的力学は、私たちが生きていくうえでの指針にはなります。
でも、あまりにも、その力学だけを信じ込みすぎて、すべてがそれで計算できると決めてしまっていれば、どうでしょうか。
単純な例だと、ある目的地に行くために、『その駅の何時何分発の電車に乗れば間に合う』ということは計算できます。
ところが、途中で事故があったりして、必ずしも、計算通りの結果になるとは限りませんね。
また、財産を築けば必ず豊かになるとは限らないし、家族を幸せにするために、一生懸命に仕事に打ち込んでも、だからといって必ず理想の家庭になるということもないでしょう。
定年になれば自由が保証されるとは限らないし、努力したからといって絶対に成功する保証があるわけではありません。
そんなことを体験したり、話を聞いたこともあることでしょう。
古典力学が、この世界のすべてのものに当てはまるものではないのと同じように、人生においても、ときには通用しないこともあるのです。
そんなとき、ずっと信じてきた力学だけが、絶対だと思いこんでいれば、きっと裏切られたような気持ちになってしまうことになります。
「これだけ、一生懸命がんばっているのに」
「あなたのことを、こんなに思っているのに」
「ずっとまじめに生きてきたのに」
そんな思いに苦しんでしまうかも知れません。
だけど、この世界は、その力学だけがすべてではないのです。
自分を苦しめているのは、経験した出来事ではなくて、自分の信じている力学がどんなときでも正しい、という思い込みなのではないでしょうか。
そんなときには、ちょっと深呼吸をしてリラックスしてみましょうよ。
私たちは、目の前の結果や出来事にこだわったり、否定することもできますし、そこから学びをもたらし、楽しむこともできるのです。
同じ出来事でも、見方を選ぶことは、私たちの自由です。
シンプルなことです。
こだわりを手放して、新しいものを受け容れてみればいいのです。
この世界が、「こうでなければならない」とは限らないように、あなた自身も、「こうでなければならない」ということはありません。
そう、もっと大きな世界を知ることができる力学もあることを、思い出しましょうよ。
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2004年02月23日
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