No.467 ブールジュ
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「自分の考えたとおりに生きなければならない。
そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」
– ブールジュ(フランスの小説家)–
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『悪いのは』
その人は、午後のひとときに、近くの公園にある花壇を眺めるのを楽しみにしています。
いつも同じ場所で、季節季節で違った顔を見せる花たちを見ていると、心が和んでくるのです。
ところが、その公園は、子供たちの遊び場でもあります。
学校から帰った子供たちは、サッカーをしたり、鬼ごっこをしたり、大騒ぎで公園中を走り回ります。
ときには、花を眺めているその人にぶつかったり、ボールが背中に当たったりしてしまいうこともあります。
そんなとき、いつもその人は、頭に血がのぼってくるのです。
「何でいつもこんなふうに邪魔をするの。
私は、ただ花を眺めているだけで何も悪くないのに。悪いのは、あの子供たちよ」
イライラした気持ちを静めようと、きれいな花々に目をやりますが、またボールが飛んできたり、近くに走ってくる子供たちに驚かせられたり、そんなことの繰り返しです。
子供たちが学校へいっている、もう少し早い時間に来ることもできるでしょうし、遊び場からちょっと離れた花壇の向こう側から花を見ることもできるはずです。
でも、自分には少しも問題ないし、悪いのは子供たちの方なのだから、自分を変えるなどということには少しも思いがいきません。
その人は、今日も花壇にやってきて、同じ場所から花を眺めます。
そして、子供たちに悩まされるのです。
「私は、何にも悪くないのに。悪いのは、子供たちなのに……」
『コントロール』
その人は、よくテレビを見ます。
今度買った、新しいテレビには、長い間ほしかった高性能のリモコンがついているというので、とても楽しみです。
「なるほど。これがチャンネルで、ここが音量の調整か。画面の明るさを変えたり、音質のコントロールも大丈夫だな。
何? 映画のときやニュースのときなど、見る番組に一番いい画質や音質も教えてくれるのか。
設定しておけば、決まった時間にスイッチを入れることもできるとは便利だ」
テレビを見るのがますます面白くなりました。
何しろ好きなように、自分が思うように、チャンネルも音も、画質も、なんだってコントロールできるのですから。
あるとき、リモコンの端末機が探しても見つからないということがありました。
ずっとリモコンで操作してきたので、テレビの本体のスイッチは、よくわかりません。
電源を入れたり、チャンネルを変えることくらいはできますが、とても不便に思えました。
リモコンがないと、テレビを自由にコントロールできないのです。
その人は、やっと見つけたリモコンを、もう手放せないと、とても大事にしてテレビを見ています。
「映画だから、それに合わせた画質にして。
映画だから少し大きめの音にした方がいいということだな。
本当はもう少し静かなほうがいいんだけどな。
それに、吹き替えの方がわかりやすいけど、せっかく言語で字幕を出してくれる機能があるんだからそれを使おう。
ええと、字幕を出すには……」
気分が乗らなくても、見たい番組がなくても、今日も、時間になると、テレビのスイッチが入ります。
その人は、コントロールしているのでしょうか?
コントロールされているのでしょうか?
同じようなことを、他にもしていませんか?
『専門家』
・いつもそれを使っていて、何もかもわかっている専門家
・そとから眺めていて、勝手な意見をいう人
どちらの意見を参考にした方が、うまくいくと思いますか?
たぶん前者だと思う人が多いでしょう。
でも、あることに関しては、たいていの人は後者の意見にしたがって行動しているようです。
それは「自分」に関してです。
自分がやりたいと思うこと、望んでいることに従って行動するより、自分が他人の目にどう映るかを気にして、受け容れられやすいように気をつかっているのです。
なかには、自分が人にどう思われているかばかりを考えて、悩んでしまう人もいるのです。
勝手な意見をいう人に踊らされて、疲れてしまうのですよね。
ちゃんと、どうすれば元気になるか、幸せを手に入れることができるのかを教えてくれる専門家がいるのに……
あなたの専門家とは、もちろんあなた自身です。
もっとよく生きるために、その専門家を信頼することからはじめてみましょうよ。
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2003年11月28日
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