「2003年9月」のアーカイブ

No.449 ラ・ロシュフーコー

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「うその自分を見せようと努めるより、ありのままの自分を見せるほうがずっと得であろう」

– ラ・ロシュフーコー(フランスの思想家)–

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スピーチをするために、大勢の人の前に立っています。
必ず話さなければならない項目は、忘れないように箇条書きにしてあります。

うまく伝わるように、キチンと原稿も作りました。
何度も、練習を繰り返して、準備は万端のはずです。 ところが、こんなにたくさんの人に見られていると思うと、心臓がドキドキしてきます。

恥をかかないように、しっかりしていなければならない、ちゃんとしていなければならないと気持ちはあせりますが、頭が真っ白になって、とても平静ではいられません。

とにかくスピーチをはじめようと、原稿を読み始めます。
ひとりで練習していたときは、顔をあげて堂々と話せるようにがんばりましたが、今は、それどころではありません。

間違ってはならないという気持ちから、うつむいたまま、演台に置いた原稿から目を離せないのです。
これではいけないと顔をあげると、こちらを見ている目、目、目。

自分がどんなふうに思われているだろうか、どのように見えているのだろうか、そんなことが気になって仕方がありません。
手のひらに、汗が浮かんでくるのが感じられます。

どこまで原稿を読んだかわからなくなっては大変だと思うと、原稿を押さえる手からも力が抜けません。
肩にも背中にも、体中に力が入っているし、呼吸も浅くなって息苦しいのですが、どうすることもできないのです。

笑顔を作ろうとしても、顔中強ばっていて、ぎこちなく口をゆがめるのが精一杯です。

ふと思います……
「もっと楽になりたい。ああ、自由でいたい。自分自身でいたい」

愛する人と出会いました。
会うときにはいつも、ドライブや映画へ行くことにしています。
その人が、そんなふうに過ごすのが好きだと言っていたので。

明るくて楽しい人がタイプだと聞きましたので、その人の前では、いつもニコニコしているように心がけています。

落ち込んでいたり、悲しいときもあったのですが、そんな暗い話題は避けて、楽しい話だけをするようにしています。
その人のことが好きだから、できるだけ、その人の好む人になろうと努力しています。

きっと、自分をそのまま出しては、嫌われてしまうでしょう。
確かめたことはないけど、そんな気がします。

だけど、最近、感じます。
その人は、私と会っていても、あんまり楽しくないように思っているように。
口に出しては言わないけど、いつも、何となく窮屈そうにしているのです。

私だって、その人と会うときには、とても疲れますし、窮屈に感じるのも確かです。
でも、もっともっと、その人に気に入られるように、がんばっていかなければならないのです。

ひとりきりになったときに、ふと思うこともあります……
もっと楽になりたい。自由でいたい。自分自身でいたい」

考えてみましょう。
「こうしなければならない」
「これをしてはいけない」

そんな思いは、本当に、自分を導いてくれるガイドになっているのか。
それとも、自分を縛り付ける鎖になってしまっているのか。

人間は、社会的な動物ですから、生活のなかで、守った方が、なにかとスムーズにいくことがあるでしょう。

たとえば、スピーチでの伝えなければならないポイント、恋愛なら、ある程度は、相手に合わせた方が、お互い楽しく過ごせる、など。

でも、同時に私たちは、自由でなければ、窮屈に感じます。
このバランスが、うまくとれていればいいのですが、苦しみや悩みは、そのギャップから生まれてくることが多いようにも思えます。

……私が、覚えておいてほしいのは、次のことだけです。

「楽に生きることは自由に生きることであり、本当の自由とは、自分自身でいることだ」

生きるのが辛くなったときに思い出してください。
なぜなら、今味わっている苦しみ、悩み、問題は、自分自身を生きていないよ、ということを教えてくれているのかも知れないからです。

そして、自分自身をみつける、チャンスでもあるのですから。

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プロフィール
大阪在住のライターです。
メルマガや超短編なども書いています。
慢性腎不全のため減塩生活中……

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