No.759 ヘンリー・ミラー
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「ただ幸福であるというのはいいことだ。
だが、自分が幸福であると知るのはもっとよいことだ」
– ヘンリー・ミラー(アメリカの作家)–
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塀に向かってボールを投げてみます。
力を入れずに、ただ投げただけでは、ボールは塀にも届きません。
もう少し力を入れて投げてみましょう。
弱く投げたボールは、塀にぶつかって弱く手元に転がってきますね。
もっと力を込めて、投げてみます。
するとうまい具合に、ボールが跳ね返ってくるでしょう。
……以前にも書いたことがありますが、ある病院でのお話です。
その病室には、4人のお年寄りが入院していました。
老人たちの、いちばんの楽しみは、子供や孫がお見舞いに来てくれることですが、みんな遠いところに住んでいるので、なかなか来てはくれません。
そこで、老人たちは、いつも手紙が届けられることを心待ちにしています。
でも、老人たちに手紙が来るのは、せいぜい週に1通くらいです。
ところが、あるお年よりのところには、ほとんど毎日のように手紙が届けられています。
よく見てみると、子供や孫はもちろん、友人や近所に住んでいる人までもが、手紙をくれているようです。
不思議に思った、別の老人が、こう尋ねました。
「私らが、これほど心待ちにしているのに、手紙なんてめったに来やしない。
それなのに、どうしてあんたは、こんなにたくさんの手紙を受け取っているのですか」
すると、そのお年よりは、答えます。
「私も、はじめのうちは孫たちの手紙を待っていました。
でも、誰も一向に送って来てはくれなかったのですよ。
だから、私は自分から、みんなにせっせと手紙を書くことにしただけですよ。
私が手紙が欲しいと思っている人全員にね」
待っているだけでは、何も起こらない。
自分が欲しいものがあるのなら、まず、それを人に与えてみるということをはじめてみればいいのですね。
塀に向かってボールを投げてみます。
力を入れずに、ただ投げただけでは、ボールは塀にも届きません。
もう少し力を入れて投げてみましょう。
弱く投げたボールは、塀にぶつかって弱く手元に転がってきます。
強く投げれば、強く戻ってきますね。
ちょうどいい具合にボールを投げれば、ちょうどいい感じに跳ね返ってくるでしょうね。
もっと力を込めて、思いっきりボールを投げてみます。
すると、思いっきり強いボールが戻ってくることになります。
ボールを投げる相手は、塀とばかりは限りませんよ。
誰かに向かって、なげやりにボールを投げてみます。
きっと、そんなボールは、相手に無視されてしまうでしょう。
心が篭っていなければ、相手にボールは届かないのです。
では、力いっぱい強くボールを投げてみたらどうでしょうか。
そんな危ないボールを投げつけられては、相手も怒って、強いボールを投げ返してくるでしょう。
いくら心が篭っていても、その投げ方が問題になることもあるのです。
ちょうどいい力でボール投げると、相手も、気持ちよく受け取って、ちょうどいいスピードのボールを投げ返してくれるはずです。
そして、この法則は、塀や人間だけに当てはまるものではありませんよ。
あなたの毎日の生き方、人生にも……
幸福なら、ちょうど良く、自分らしく生きていくことができます。
自分らしく、楽に生きることができれば、それが幸福なのです。
そう。
気づいてはいないかも知れませんが、ちょうど今のあなたのように。
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2007年03月23日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |
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