No.690 ジョアン・ウォルギャン
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「自分自身を信じてみるだけでいい。
きっと、生きる道が見えてくる」
– ジョアン・ウォルギャン –
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こんなことを聞いたことがあります。
幼い子供に食べ物を与えるとき、何でも自由に好きなものを食べることができるようにしてみます。
すると、はじめはやはりお菓子などばかりを選びますが、時間が経つにつれ、だんだんとそのときに自分の身体に必要なものを食べるようになってくるということです。
ところが、実際のところは、子供たちは、身体に良いものを食べるどころか、甘いものや添加物がたくさん入ったような嗜好品を好んでいるようですね。
これは、ひょっとしたら、親から、「野菜は身体に良いから食べなさい」などと強要されたり、「甘いものは身体に毒ですよ」と否定されたりすることが逆効果になっているのではないでしょうか。
そんなふうにストレスをかけられるから、反発したり、天邪鬼を起こしてみたり。
そんなことで、身体にはあまり良くないものを美味しく感じてみたり、それで心が満たされたり……
……そのお話を聞いたときに、ふとこんなことを考えてしまいました。
たとえば、中学校や高校に入学するときには、たくさんある部活のなかで、自分の得意なもの、すきなものを選ぶことができます。
でも、友達が入ったから、このスポーツをやっているとカッコいいから、この活動は暗いと思われそうだから、などと、いろいろな事情があって、思っていたのとは違う部活をはじめることもあるでしょう。
そうなると、はじめは良いのですが、ちょっと苦しいことがあったり、思うように上達することができなかったりすると、すぐに迷いが生じてくるかも知れません。
どうも私は、この活動に向いていないような気がする……
これが本当に、私がしたかったことなのだろうか……
それほど大きな要因があるわけでもないのに、どうも、今やっていることが自分のやりたいことと違っているような気がしてくるのです。
あるいは、仕事を選ぶときにも、自分が心からやりたいことではなく、給料が良いから、世間体が良いから、将来性があると思うから、といった理由を メインに考えていたとしたら、どこかで、ちょっとした迷いを感じてしまうことにもなりかねません。
逆に、少々世間体が悪かったり、努力の割りに報われることの少ない仕事でも、自分の好きなことなら、心折れることなく続けていくことができるはずです。
確かに、苦しいときもあるでしょう、ときには自分が損をしているように思えるときも。
だけど、そんなときにも、心の奥からの迷いを感じることはないし、そんな障害も乗り越えていけるようにさらにがんばっていこうという気力も湧いてきます。
(諸般の事情で、好きなことでも、どうしてもあきらめざるを得ないことだってありますが、それでも、精一杯やりきったのならそれはとても大きくすばらしい経験ですね)
何かに迷いを感じるときには、過去のどこかで、自分の魂が望むことを選らばなかったことがあったのかも知れませんね。
そして、自分自身が本当に望むことに正直でいたら、何も迷いや悩みを持つこともないのでしょうね。
……人生だって同じでしょう。
何かが違うような気がする。
今のままでいいのだろうか?
今、迷いや悩みを抱えているのなら、本当に自分が望むことをやっているのかを振り返ってみましょう。
きっと何かが見えてくるはずですよ。
自分自身でいて、自分自身を信じることができるのなら、私たちの人生に起こる、すべての問題、すべての苦しみは、もっと大きくなるために必要な、大切なメッセージですものね。
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2006年02月10日 コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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