No.508 トルストイ
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「どこにも神を見た者はいないが、もしわれわれが互いに愛し合うならば、神はわれわれの胸に宿るのである」
– トルストイ(ロシアの小説家)–
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何か問題に出会ったとき(特に人間関係など、相手がいる場合には)、大きく分けて、3つの解決法があります。
たとえば、会社の上司との関係がうまくいっていないとします。
ろくに話しも聞いてくれないし、いつも人を見下したような態度で、顔を見るのもイヤだと思っているのです。
こんな場合の、ひとつ目の解決法は、「その場から逃げ出す」ということです。
気に入らない上司と会いたくないのなら、その会社を辞めて、他の会社へ行けばいいのです。
もう二度と、見下す態度を取る上司と顔を合わせることはないので、問題はすべて解決したはずです。
これで、気持ちよく仕事をすることができるでしょう。
……ところが、どんな会社へ行こうと、毎日、人と接しなくてはなりません。
なかには、自分と合わない人もいるでしょう。
たとえ、上司が良い人でも、同僚に苦手な人がいるかも知れません。
また、見下す態度の代わりに、イヤな仕事を押しつけられることもあるでしょうし、逆に過剰に期待されてしまって、辛くなったりする可能性もあります。
もちろん、「その場から逃げ出す」ことが、いちばんベストな解決法ということも、まれにはあるでしょうが、一度、この解決法を選べば、何度も転職を繰り返さなくてはならなくなることも多いようです。
なぜなら、本当の問題は、どこへ逃げても追いかけてくるのですから。
ふたつ目の解決法は、「相手を変える」ということです。
思い切って、上司に、「見下すのは止めてください!」と口に出してみるとか、もっと上の人に相談してみるとかで、相手の態度を改めさせることが、できるかも知れません。
でも、それで、本当に、問題は解決したのでしょうか?
そもそも問題は、上司の見下す態度だけのことだったのでしょうか?
ひょっとしたら、もっと深いところに問題の根があって、いろいろな未処理の感情を、上司の態度に投影していたということも考えられますね。
だから、上司が態度を改めたとしても、やっぱり、どこかに受け容れがたいものを感じるでしょう。
それに、人を変えようと思っても、なかなか思うようにはいきません。
いろいろ手を打っても、上司はかえって怒って、意固地になり、ますます不快な態度で接してくる可能性の方が高いでしょう。
これも、うまい解決法とは言えないようですね。
最後の解決法は、「自分を変える」ということです。
といっても、多くの場合、人はこの解決法には抵抗を感じるでしょう。
だって、非があるのは、どうしても相手の方だと思えてしまうから。
自分は、ちゃんと仕事をしているし、特に能力が劣っているわけでもない。
それなのに、上司は、無視をしたり、見下した態度をとるのです。
どう考えても、改めるのは上司の方で、自分が変わる必要など、どこにも見あたりません。
絶対に自分は悪くない。
問題は、相手なんだ!
……でも、本当は、その考えや信じ込みこそが問題だということも多いようです。
相手のイヤなところ、不快を感じる態度は、結局は、自分のなかのイヤなところ、見たくない面を投影しているのかも知れません。
だから、受け容れられないのですね。
それを分析することは、いくらでもできますが、もっと手っ取り早い解決法があります。
その態度を含めて、相手を、そのまま受け容れてみるのです。
そうすると、結果的に、相手だけでなく、自分のなかの問題をすべて受け容れることになりますね。
それが、「自分を変える」ということで、最高の解決法だと言えるでしょう。
試しに、気になる人がいたら、イヤなところも全部、受け容れてみてください。
どんな変化がありましたか?
きっと、何かが大きく変わって、問題が問題でなくなっているでしょうね。
……ちゃんと受け容れられたとしたら、もう問題が存在している必要はないのですから。
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2004年05月20日 コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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