No.452 シャクティ・ガーウェイン
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「人が突きあたるやっかいな問題は、メッセージである」
– シャクティ・ガーウェイン(アメリカの作家)–
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使っていたボークペンが、急にインクが出なくなってしまいました。
インクの残量を調べてみると、まだ少し残っているようです。
「捨てるのももったいない」
「また使えるようになるかも知れない」
などと思って、ペン立てに戻しておきます。
しばらくして、メモを取ろうとボールペンを使いますが、インクが出ません。
急いでいたので、ちょっとイライラします。
でも、結局は、そのボールペンを捨てずに、ペン立てに戻します。
また次にボールペンを使うときにも、やっぱりイライラすることになるのです。
……そんなことを、何度も繰り返している人がいます。
インクの出ないボールペンなら、何度も使おうとしてイライラするよりも、さっさと捨ててしまえばいいのに。
必要のない思い出や、昔の失敗なら、何度も自分を責めたりせずに、さっさと捨ててしまえばいいのに。
昔の中国での話。
ある男が、殿様に向かって、言葉巧みにこんなことを言いました。
「刑罰などというものは、人民すべてが嫌がり憎むものですから、これは私にすべてお任せください。
恩恵を与えるのは、皆がよろこぶものなので、これは殿様がおやりください。
そうすれば、憎まれるのは私ひとり、慕われるのは殿様だけです」
殿様は、なるほどその通りだと思い、自分は恩恵だけを施し、刑罰はその男に任せることにしました。
ところが、人民は、こんな殿様など少しも恐くはないからと、男の命令だけを聞くようになってしまい、結局、国が乱れだしたということです。
うまく国を治めようとすれば、恩恵を施すのと、罰を与えるのとのバランスが肝心なようです。
褒めるときには、思いっきり褒め、ときには、嫌われるのも覚悟で叱ることも必要なのでしょう。
子育て、人育てにも、同じことが言えるのでしょう。
もちろん、愛情を持ってというのが、一番肝心ですが……
仏典のなかに、『共命鳥(ぐみょうちょう)』という鳥の話が出てきます。
この鳥は、極楽に住んでいて、ひとつの身体に頭と心がふたつあるとされています。
世にも美しい声で鳴くのだそうです。
もともと共命鳥は、ヒマラヤの森のなかに住んでいました。
ふたつある頭と心のうちのひとつは、とりわけ素晴らしい声で鳴いたということです。
もうひとつの頭と心も、とても良い声を出すのですが、自分よりも美しい声を聞かされるたびに、コンプレックスに悩まされていました。
同じように鳴こうとするのですが、どうしても、もうひとつの頭にはかないません。
嫉妬にかられた、その頭は、とうとう毒を混ぜたエサを、もうひとつの頭に食べさせて殺してしまいました。
しかし、それはもちろん、もうひとつの共命鳥の死をも意味しています。
何しろ、身体は1つしかないのですから……
そのとき共命鳥は気づきました。
声に優れているとか、劣っているとかはなかった。
相手がいてくれていたから、自分も生きていた。
それぞれの個性の声で、思うように鳴いたときこそが、いちばん素晴らしい声だったんだということに。
仏典での共命鳥は、相手を生かすことが自分を生かすことであると悟り、ずっと極楽世界で、美しい声のハーモニーを聞かせてくれているとされています。
……やっかいな問題があるのなら、ちゃんとそれを受け取ってみましょう。
さあ、どんな素晴らしいメッセージに出会うことができるのでしょうか。
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2003年10月03日 コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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