No.361 マハトマ・ガンジー

No.361 マハトマ・ガンジー

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「その気さえあれば、何事も成就する」

– マハトマ・ガンジー(インドの政治家)–

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『人が、深さ何千メートルもある井戸のなかに落ちてしまった。
縄も届かないし足がかりもない。
この人を井戸の外へ出すには、どうすればいいか』

九世紀頃に生きた中国の禅僧・慧寂(えじゃく)は、こんな公案を受けて、何とか答をみつけだそうと日々思案を重ねていました。

ところが、ひとりでいくら考えても埒が明かないので、ある高僧のもとへ行き、尋ねてみることにしました。

その僧は、慧寂の質問が終わらないうちから、大声を出して怒りだしました。
「何だと! 誰が井戸のなかにいるというのだ!」
それでも答がわからないので、慧寂は別の高僧に訊いてみました。

するとその高僧は、
「慧寂よ」
と、いきなり声を掛けたのです。
「はい!」
思わず慧寂が返事をすると、僧は笑いながらこう言ったのです。

「お前は、そこにいるではないか」
そのとき慧寂は、すべてを悟ることができたということです。

この話は、きっと人間の先入観や思い込みの無意味さや恐ろしさを教えてくれているのでしょう。

はじめから誰も井戸に落ちてなどはいなかったのです。
ましてや、自分自身が井戸のなかにいるはずもないのは、わかりきっていることのはずでしょう。

ところが、「井戸に落ちてしまった」と聞くと、私たちは、自分でそう勝手に思い込み、それに囚われてしまって、どうしたらいいのかと思い悩んでしまうのです。

ひょっとしたら私たちは、自分の夢に対しても同じことをしているのかも知れません。

本当に自分がやりたいことがみつかったとしても、仕事が忙しいとか、いろいろ理由をつけて、あきらめてしまっているという人も多いのではないでしょうか。

自分にはとてもできないと、やる前から決めてしまうこともあるでしょう。

でも、本当に夢に向かって進んでいくことは不可能なのでしょうか。
やりもしないうちから、どうしてできるとかできないとかがわかるのでしょうか。

もし私たちが自分の夢を叶えるために障害があるとしたら、それは自分のなかの先入観や思い込みだけなのではないでしょうか。

できるはずがないと考えていれば、何もできないように思えるでしょう。
そして、それを証明することも、いくらでもみつけることができるでしょう。

でも、「自分には必ずできる」という気持ちで前に目を向ければ、無限の可能性も見えてくるでしょう。

もしかすると夢を叶えるために必要なものは、「やってやる」という気持ちだけなのではないでしょうか。

ちょっと立ち止まって、自分が落ちてもいない井戸のなかにいないかどうか、もう一度確かめてみてもいいかも知れませんね。

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