No.306 河盛好蔵
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「真の幸福は自己に非ざるものとの間の熱烈な交流のうちに存在する」
– 河盛好蔵(仏文学者)–
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ある日、哲学者のショーペンハウアーが公園の花壇のなかに入り込んでしまったことがありました。
考えごとをしながら歩いていたので、『立入禁止』の立て札が見えなかったばかりか、そこが花壇だということさえ気がつかなかったのです。
それを見つけた園丁は、大声で怒鳴りました。
「あんたは、自分のしていることがわかっているのか!
自分を何様か知っているのか?」
ショーペンハウアーは、ただこうため息をついたということです。
「あ~、私はそれを知りたくてこうして苦しんでいるのだ……」
ショーペンハウアーではありませんが、
「本当の自分を知りたい」
と思えるときには、ただ自分自身のなかだけで、考えがいろいろと堂々巡りしていることが多いようです。
毎日、特に大きな不満や悩みがあるわけでもないけれど、だからといって今の生活が満たされているわけでもない。
今の仕事やしていることが、本当に自分がしたいことなのかどうかわからないと、自分のことを見失ってしまうのです。
理由はいくつか考えられますが、他人との衝突を避けようとして、まわりの人たちに合わせすぎているということもあるのではないでしょうか。
人に悪く思われないように、自分の意見を主張せず、愛想笑いで受け止めていると、本当に自分がうれしくて笑っているのかどうかもわからなくなってくるようです。
また、毎日決まり切った人とだけつき合っているようでは、どうしても価値観やものの見方が偏ってしまいます。
そんなときには、一度自分の世界から飛び出してみてはいかがでしょうか。
といっても海外旅行や、新しい習い事などをはじめなくても、もっと手っ取り早い方法があります。
それは、いろいろな人と話をしてみるとか、地域の運動会に出てみるとか、ボランティアをしてみるとか、自分にとって未知の状況に身をおいてみると今まで気づかなかった自分が見えてきたりするのです。
あるいは自分がしたくないことを、はっきりと「イヤだ!」と断ってみたり、楽しいことは「楽しい」、つまらないことは「つまらない」などと自分の気持ちに正直になってみるのです。
それはとても勇気が必要なことかも知れませんが、そんな他の人とのかかわり合いによって、いろいろなことが見えてきたり動いてきたりしてくるのではないでしょうか。
もちろん、そのなかで人から嫌われたり、または誉められたりするでしょうが、それこそが自分自身を知るたに必要なもののようです。
自分の位置からは、どんなにがんばっても自分を見ることはできませんよね。
でも、いろいろな人の立場や価値観に身を置いてみると、その位置からは自分のことは見えてくるのです。
そして、そんな人こそが、自分自身をよく知り、さらにまわりの人のことも理解できる人なのです。
すると大きな心で自分と他人に接することができ、まわりの人はもちろん、自分だって、いろいろな意味で幸福に導くことができるのです。
ショーペンハウアーは偉大な哲学者ですが、園丁の方が彼のことがよくわかっていたようです。
どんな人かどうかはともかく、少なくとも入ってきてはいけないところと、公園を楽しむための道は知っていたようですね。
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2001年09月25日 コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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