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【癒しのことば】Vol.800 2007/10/09
総発行部数:15,176部
・バックナンバーは、こちら → http://www.iyashinokotoba.net/
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「乗り越えるべき試練は、わたしたち自身の心の山だ」
-- ウィリー・ジョリー(アメリカのカウンセラー)--
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......ある方からお話を聞く機会がありました。
「呼びかけ」は、いつでも誰にでも来ている。
それは、「愛せよ」という呼びかけであり、「愛を受け取れ」という呼びか
けでもある。
それは神、あるいは大宇宙、大自然といわれている存在からの呼びかけである。
「愛せよ」とは、言い換えれば自分のワクを超えろということ。
なぜなら「愛」の対極にあるものは「エゴ」
「エゴ」とは、自分の身を守るためにあるものだからだ。
自分のワクを超えない限り、今の自分は安全でいることができる。
冒険しなければ、危険もない。
不安、恐怖、不信。
それらはすべて「エゴ」から生じる。
つまり、今の自分を変えたくないという思いだ。
たとえ今の自分のことが嫌いで、生き方を変えたいと切に願っている人でも
「エゴ」が働いた瞬間、そのちっぽけな自分を守ろうと必死になる。
だから、この世界は「愛せよ」と呼びかける。
自分のワクを超越したとたん、すばらしいものが見えてくるはずだからだ。
天から与えられた才能、資質に気づくことは、自分を表現し輝かせることに
なる。
その輝きに導かれ、同じ輝きの種を宿す人々とのつながりをつくりだす。
絵を描くこと、映画を作ること、音楽で自分の内面を表現すること、物語を
伝えること。
自分のワクを超えて、本質に触れたものは、それが職業になり、あるいは芸
術的な表現手段となり、ほかの人々にも愛を与えることができるようになる。
もちろん芸術に限らず、もっと目立たない才能もそう。
人を笑わせる。
人の話を良く聞く。
まわりを良い気持ちにさせる。
共感する、感動する。
その能力はもう「呼びかけ」に応じた「愛」の表現である。
「愛」を別のことばで表現するとしたら、「自分自身になれ」ということば
だ。
「自分自身になる」ということは、この大きな世界の一部になるということ
であり、自分がそうした存在であると気づくことである。
魂に応える準備ができたときに、「呼びかけ」はやってくる。
真実は、「呼びかけ」はいつもあるのだが、自分の本質に気づくための最適
なタイミングの際に、見えてくるということだ。
それは光と喜びに満ちたものであるとは限らない。
挫折、失敗、絶望、という形を通しての「呼びかけ」もある。
それに気づくか、見ないふりをするか。
「エゴ」に打ち勝ち、「愛」を受け入れることができれば、そこから新しい
物語がはじまる。
われわれは、われわれが思っているより、もっと大きな存在なのだ。
......ずっと意味を考えていました。
よくよく思ってみれば、この話、誰かに聞いたものか、本で読んだものか、
夢に見たものか。
はたまたひらめきのメッセージなのか、わからなくなってきました。
どちらにせよ、今、何かを乗り越えるべきときなのでしょうね。
そして、それは、今読んでいるあなたに向けられたことなのかも知れません
よ。
【癒しのことば】Vol.800 2007/10/09
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「乗り越えるべき試練は、わたしたち自身の心の山だ」
-- ウィリー・ジョリー(アメリカのカウンセラー)--
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......ある方からお話を聞く機会がありました。
「呼びかけ」は、いつでも誰にでも来ている。
それは、「愛せよ」という呼びかけであり、「愛を受け取れ」という呼びか
けでもある。
それは神、あるいは大宇宙、大自然といわれている存在からの呼びかけである。
「愛せよ」とは、言い換えれば自分のワクを超えろということ。
なぜなら「愛」の対極にあるものは「エゴ」
「エゴ」とは、自分の身を守るためにあるものだからだ。
自分のワクを超えない限り、今の自分は安全でいることができる。
冒険しなければ、危険もない。
不安、恐怖、不信。
それらはすべて「エゴ」から生じる。
つまり、今の自分を変えたくないという思いだ。
たとえ今の自分のことが嫌いで、生き方を変えたいと切に願っている人でも
「エゴ」が働いた瞬間、そのちっぽけな自分を守ろうと必死になる。
だから、この世界は「愛せよ」と呼びかける。
自分のワクを超越したとたん、すばらしいものが見えてくるはずだからだ。
天から与えられた才能、資質に気づくことは、自分を表現し輝かせることに
なる。
その輝きに導かれ、同じ輝きの種を宿す人々とのつながりをつくりだす。
絵を描くこと、映画を作ること、音楽で自分の内面を表現すること、物語を
伝えること。
自分のワクを超えて、本質に触れたものは、それが職業になり、あるいは芸
術的な表現手段となり、ほかの人々にも愛を与えることができるようになる。
もちろん芸術に限らず、もっと目立たない才能もそう。
人を笑わせる。
人の話を良く聞く。
まわりを良い気持ちにさせる。
共感する、感動する。
その能力はもう「呼びかけ」に応じた「愛」の表現である。
「愛」を別のことばで表現するとしたら、「自分自身になれ」ということば
だ。
「自分自身になる」ということは、この大きな世界の一部になるということ
であり、自分がそうした存在であると気づくことである。
魂に応える準備ができたときに、「呼びかけ」はやってくる。
真実は、「呼びかけ」はいつもあるのだが、自分の本質に気づくための最適
なタイミングの際に、見えてくるということだ。
それは光と喜びに満ちたものであるとは限らない。
挫折、失敗、絶望、という形を通しての「呼びかけ」もある。
それに気づくか、見ないふりをするか。
「エゴ」に打ち勝ち、「愛」を受け入れることができれば、そこから新しい
物語がはじまる。
われわれは、われわれが思っているより、もっと大きな存在なのだ。
......ずっと意味を考えていました。
よくよく思ってみれば、この話、誰かに聞いたものか、本で読んだものか、
夢に見たものか。
はたまたひらめきのメッセージなのか、わからなくなってきました。
どちらにせよ、今、何かを乗り越えるべきときなのでしょうね。
そして、それは、今読んでいるあなたに向けられたことなのかも知れません
よ。
