No.597

| | コメント(0) | トラックバック(0)

============================================= http://www.reiki.jp ====
【癒しのことば】Vol.597 2004/12/15       

  総発行部数:14,630部
======================================================================
※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
                         月~金曜日 毎日配信
----------------------------------------------------------------------

 「今日をよく生きることで昨日はすべて幸福な夢となり、明日はすべて希望
  に満ちあふれてて見える」

            -- レオ・バスカリア(アメリカの教育者)--

----------------------------------------------------------------------

 散らかしっ放しの部屋を見て、私は小学生の娘に、「すぐに片付けなさい」
 と言います。

 すると娘は、毎回、「わかりました」とか、「いちいち言わなくても、わか
 っているわ」などと答えます。

 ほとんど毎日のことです。

 しばらくして見に行くと、部屋が片付いているどころか、ますます散らかって
 いて、娘は、夢中でマンガを読んでいたり、テレビゲームに熱中しています。

 そこで、私は、「わかってるって言ってたのに、ぜんぜんわかってないじゃ
 ないか。早く部屋を片付けなさい!」と、少々声を荒げます。

 すると、娘もうるさそうに言いかえします。
 「だから、何回も言わなくても、わかってるって!」

 さすがに私も腹が立って、「わかってるっていうのは、行動に移してはじめ
 て言えることだ。それなのに、お前は……」と怒鳴りかけるのですが、いつ
 も、途中で勢いがなくなってきます。

 なぜなら、私も同じことをしていることに気づかされるからです。

 部屋が散らかっていることも、それは自分が片付けなければならないことだ
 って、父親に言われなくても娘には充分わかっているのでしょう。

 でも、いつかやればいいと思っているのか、どうせまたすぐに散らかるのだ
 から、しばらくはこのままでも構わないだろうと考えているのか、あるいは、
 今読んでいるマンガが楽しいので、読み終わってから片付けようと決めてい
 るのか、わかっているけれども、実際には動いていないということのようで
 すね。

 それは、ただ耳で聞いて意味を理解しているというだけのことで、「わかっ
 ている」と言うためには、ちゃんと行動に移す必要がある、……とは思うも
 のの、私自身も、「わかっている」で済ましてしまっていることも多いので
 す。

 多くのすばらしい方たちに、いろいろと為になる話しを聞く機会がよくあり
 ます。

 感動すること、目からウロコが落ちる話、頭をガツンとなぐられたように大
 きな気づきが得られること。
 そのときは、心が大きく動いて、早速、言われたようなことをしてみよう、
 考え方を変えてみようと意を決します。

 しかし、意思が強くない私は、いつしかそんな思いも、日常生活のなかに紛
 れてしぼんでしまっています。

 ふと思い出して、やらなくっちゃと焦ったりするものの、そんなことは「わ
 かっている」と自分に言い聞かせ安心して、何も行動しないということがよ
 くあります。

 すばらしい話であればあるほど、その本質は、驚くほどシンプルで、はじめ
 から知っていたり、過去に聞いたことがあったりするのです。

 ……そうなのですが、とても大きいのですよね。
 「ただ知っている」ということと、「本当にわかっている」ということの差
 は……

 たとえば、私が、この「癒しのことば」でお伝えしていることは、突き詰め
 てみると「自分のままでいよう」ということになります。

 自分にOKをだして、今の自分をあるがままに受け容れることができれば、も
 っと楽に楽しく生きられるよ、ということですね。

 だけど、ほとんどの方は、「そんなこと言われなくてもわかっているよ」、
 と思われるでしょう。
 そして、ひょっとしたら多くの方が、「わかっている」で納得して何もして
 いないのではないでしょうか。

 かつての私だって、そんなことは何度も聞いていたし、聞かなくても知って
 いたつもりでした。

 だけど、今振り返ってみると、「わかっている」と言いながら、いつも自分
 を否定していたし、自分自身でいてはダメなんだと責め続けていました。
 自分で自分を苦しめていたのです。

 だからこそ、本当にわかったのです。
 『自分自身でいてもいいんだ』、と気づいたときのよろこびと、自分自身で
 いることのすばらしさが。

 今でも、ときには、それを忘れてしまっていることもありますが、そんなと
 きに感じる苦しみのなかからも、いろいろなことを学べるようになっている
 のです。

 極端に言えば、すべての痛みや苦しみは、そんな気づきのためにあるのかも
 知れませんね。


 さて娘のことですが、先日、突然、同級生が遊びに来て、汚い部屋を見られ
 て、とても恥ずかしい思いをしたようです。
 それからは、けっこうこまめに片付けるようになっています。

 もちろん、散らかっているときもありますが、以前よりは、大分よくなって
 います。

 それでいいのですよね。
 少しは何かに気づくことができたようですから。


 今日の私の話、わかっていただけましたか?

 「そんなこと全部わかっていたよ」
 ……で済まさずに、気づいたことがあれば、ぜひ何かをやってみてください
 ね。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: No.597

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.iyashinokotoba.net/mt4/mt-tb.cgi/599

コメントする

このブログ記事について

このページは、shinが2004年12月15日 12:47に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「No.595」です。

次のブログ記事は「No.598」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。