No.545

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【癒しのことば】Vol.545 2004/9/21       

  総発行部数:13,500部
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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
                         月~金曜日 毎日配信
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 「あなたは失敗するためではなく、成功するために生まれてきたのだ」

           -- H・D・ソロー (アメリカの自然主義者)--

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 先日お会いした人から、食事の前に、どうして『いただきます』と言うのか
 を教えていただきました。

 昔は、食べ物がいつも手に入るとは限らず、とても貴重なものだったようで
 す。
 何しろ、食べる物がないと、私たちは生きていられませんからね。

 そして、大切なものは頭の上に捧げ持ち、穢(けが)れを防ぐという風習も
 あったということです。
 
 当然、食べ物も頭の頂(いただき)に持ち上げてから、感謝の気持ちをこめ
 て食べさせて「いただく」ということをしていました。

 だから、その名残で、食べる前に『いただきます』と頭を下げているのだそ
 うです。

 そういえば、そんなことを知らなくても、「いただきます」と言うときには、
 自然と手を合わせて、ありがたい気持ちになっていたりしますよね。

 さらに、私たちが食べるものは、肉でも、魚でも、野菜でも、すべてが命の
 あるものです。
 その命を、私たちのために、犠牲にして捧げていただくことになるのです。

 そんな命を、自分のなかに取り入れる(戴く)のですから、大切にさせて
 『いただきます』という思いもこめているのだそうです。


 さらに、食べ終わった後には『ごちそうさま』と言いますが、これは「ご馳
 走様」と書き、『走り回る』ということを意味しています。

 つまり、食事を用意するためには、大勢の人が一生懸命に走り回って用意し
 てくれたのだということを忘れないように、このことばを口にするのだとい
 うことです。

 たとえば、毎日口にしているご飯ですが、そのお米の一粒が、目の前にある
 ためには、数多くの人たちが尽力してくれているのです。

 農家の方が、丹精こめて世話をして米を実らせ、それを精米してくれる人が
 いて、さらに運搬する人や、卸や販売店で売る人がいます。
 
 そのお米を買って帰ってくれる人、そのためのお金を稼いでくれる人、米を
 研いで炊いてくれる人、お茶碗によそってくれる人がいて、はじめて、私た
 ちはご飯を食べることができるのです。

 ご飯を自分で炊いているよ、という方もいらっしゃるでしょうが、そのご飯
 を入れるお茶碗ひとつだって、作ってくれた人がいるから、ここにあるので
 すよね。

 そんなことを考えると、食事をするたびに、本当にありがたくて感謝の念が
 わいてきませんか。

 その人が言うには、「どんなに贅を尽くした豪華な料理でも、最高の食材を
 使っていても感謝の心がないと、何も身にならない」のだということです。

 逆に、どんなに粗末な食べ物だったとしても、感謝を持って食べるのなら、
 心身を満たしてくれるのです。

 農薬がどうのこうのとか、栄養価がどうだとか不満を持ちながら食べると、
 どんなに身体に良いとされる食べ物だったとしても、そんなネガティブなも
 のも一緒に入ってきてしまい、健康にも影響を与えることになります。

 もちろん、食べるものには気をつけるに越したことはありませんが、どうせ
 食べるのなら、少々貧弱なものでも感謝を持ちながら摂る方が、身体にはよ
 っぽど良いようです。


 ……なるほど、と思ったのと同時に、これは食べ物だけではなくて、私たち
 の人生にも言えるのではないかとも感じました。

 日々出会う出来事には、私たちが『良いこと』だと思うこともありますし、
 『イヤなこと』だと判断するものもあります。

 でも、いくら『良いこと』でも、「もうちょっと、こうだったらもっと良か
 ったのに……」などと、不平を持つとしたら、何も身になりません。

 ところが、少々『イヤなこと』に出会っても、「これは私に何かを気づかせ
 てくれるために起こっているのだ」「ここから学べることは何だろう」と、
 感謝やありがたい気持ちを持って受け取ると、きっとそちらの方が、私たち
 を大きくしてくれるでしょう。


 何を食べるのかも大事ですが、どんな心で食べるのかの方が、もっと大切な
 のですね。

 良い出来事、悪い出来事。
 どんなことに出会うのかも意味があるのでしょうが、どんな心で受け容れる
 のかが大切なのですね。

 どちらにせよ、すべての出来事は、私たちがもっと幸せになるために、成功
 するために、やってくるのですから。

 ……すべての出来事に『いただきます』、そして『ごちそうさま』と言える
 心を持ちたいと思います。

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このページは、shinが2004年9月21日 11:42に書いたブログ記事です。

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