2004年2月アーカイブ

No.488

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【癒しのことば】Vol.488 2004/2/26       
 総発行部数:14,537部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
                         毎週 月・木曜日配信
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 「すべての日が、それぞれの贈り物をもっている」

               -- マルティアリス(ローマの詩人)--

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 何かがうまくいったり、思い通りに物事が進むと、私たちは気分がよくなる
 ものです。
 そんなときには、自分に自信を持てたり、生きるのが楽しくなったりします。
 幸せを感じるのですね。
 
 逆に、何をやってもうまくいかない、思い通りにならないときには、自分が
 不幸になったような気がします。
 イライラしたり、怒りや悲しみを感じたり……
 あるいは、自分を情けなく思ったり、毎日が辛くなってしまうこともあるで
 しょう。

 
 何かが思い通りになるときが「幸せ」で、思うようにいかないときが「不幸」
 です。
 それは、ごく自然で、当たり前のように思えますね。

 しかし、はたして本当に、それは自然で当たり前なことなのでしょうか?

 もしそうなら、自分が「幸せ」でいるためには、いつも、物事が思うように
 いっている必要がありますよね。

 考えてみれば、そもそも私たちが生まれた瞬間から、何ひとつ、自分の思い
 通りになったことなどなかったようです。

 どんな親のところで生まれるか。
 何人兄弟の何番目の子になるか。
 何月何日の何時何分に誕生するか。
 生まれた日の天気は晴れていたか、雨だったのか。
 男か女か。

 どんなことも、自分が思うように選んだわけではないですよね。
 
 また、生まれてからも、いつも両親が側にいて愛情を注いでくれていたとは
 限りませんし、お腹がすいてもすぐにはオッパイがもらえなかったり、おし
 めが濡れても、気がついてもらえないこともあったでしょう。

 きっと、そんなときには、腹が立ったり、悲しくて泣いてしまったでしょう。
 でも、だからといって、自分が不幸だと思ったことはなかったのではないで
 しょうか。
 少なくとも、自分をみじめに思ったり、生きるのがイヤになったりはしなか
 ったはずですよね。

 思い通りにならなくても、それは、ただそれだけのこと。
 自分が「幸せ」なのか「不幸」なのかということには、関係がなかったので
 す。

 それが、気がつくと、いつの間にか、思ったようになると「幸せ」、思うよ
 うにならないと「不幸」だと思いこんでしまっています。
 昔は、どんなに思い通りにならなくても不幸ではなかったのに、今は、不幸
 になって、落ち込んでしまうのですよね。

 いったい何が変わってしまったのでしょうか?

 たぶん、今も生まれたときも、私たちが、日々出会う出来事は、それほど違
 ってはいないでしょう。

 うれしいこともあれば、イヤなこともあります。
 楽しいこともあるし、辛いこともやってきます。

 何もかも、自分の思い通りになるとは限りませんね。

 だとしたら、私たちを不幸にしているのは、自分に起こる出来事ではなくて、
 それをどう受け取るかの違いなのでしょう。

 「これはこうでなければならない」
 「こんなことはしてはいけない」

 知らぬ間に、そんなメガネをかけて見ているので、出来事は、ただそういう
 こととは受け取れなくなってしまっているのです。
 
 これさえ手に入れば、あの人さえいなければ……

 そんなふうに、自分の思うようになれば、幸せになれると勝手に決めている
 のです。

 だから、思い通りにならないと、幸せになれないのですね。


 「物事を自分が望むようにしていきたい」
 「より良くなるように変えていきたい」

 そう思うことは、健全で自分をより大きくしていくためには大切なことでし
 ょう。

 ところが、
 「人も物事も、自分の思うようにならなければならない」
 という思いは、ただ自分を不幸にするだけのようです。

 
 もし、自分を不幸だと思っている人がいたら、知らないうちに、そんな『思
 うようにならなければならない』というメガネをかけていないかどうか確か
 めてみてください。

 
 あるがままに、この世界を眺めてみれば……
 
 生まれたときから、毎日毎日が、私たちを幸せにしてくれる、すばらしい贈
 り物だったということが見えてくるでしょう。

No.487

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【癒しのことば】Vol.487 2004/2/23       
 総発行部数:14,535部

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 「避けることができないものは、抱擁してしまわなければならない」

             -- シェークスピア(イギリスの劇作家)--

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 量子力学に、『シュレーディンガーの猫』という有名な実験の話があります。

 これは、フタを閉じた箱のなかに、青酸カリの小瓶と一緒に猫を閉じこめる
 という、ちょっと残酷にも思えるものです。
 (……でも、実際に行われるわけでもない、理論上の思考実験ですので、ど
  うかご安心くださいね)

 さて、この箱の青酸カリの小瓶には、放射性物質を使った仕掛けがしてあっ
 て、もしも放射線崩壊が起きれば、小瓶が割れて青酸ガスが放出され、猫が
 死んでしまうようにされています。

 1時間後にフタを開けてみます。
 そのとき、箱のなかの猫は生きているでしょうか? それとも死んでいるの
 でしょうか?

 ……それを考えてみよう、という実験です。
 
 もちろん、放射性物質が放射線崩壊を起こすかどうかは、確率的に計算でき
 るので、何パーセントの確率で生きているとか、「たぶん生きているはず」
 「きっと死んでいるだろう」といった答えを出すことは可能です。

 また、1時間たつと、どちらにせよ、すでに猫の生死は、すでに決まってい
 るはずなので、箱を開けたときにそれを確認すればわかることだ、と考え
 ることもできるでしょう。

 しかし、それでは正確な答えとは言えないのです。
 普通に考えると、猫は、「死んでいるか」「生きているか」のどちらかの状
 態しかないはずなのですから。

 これを説明する答えとして、量子力学では、箱を開ける前、猫の生と死は同
 時に存在すると考えます。

 つまり、「生」か「死」かのどちらかを取るのではなくて、猫には、「生」
 も「死」も同時に存在しているとするのです。
 そして、箱のフタを開けた瞬間に、「生」か「死」のどちらかの状態に収束
 されると説明します。

 ……という「答え」で、あなたは納得されましたか?

 きっと、ほとんどの方が、頭をひねってしまったのではないでしょうか。
 (もちろん、私も、はじめは何の事やらさっぱりわかりませんでしたよ)

 それもそのはず、これは、素粒子の動きや量、さらにはそこに存在するかど
 うかは、観測してみるまではわからないという、量子力学で一番理解しがた
 いといわれる概念を、わかりやすいように示唆するために創られた実験なの
 ですから。

 もともと量子力学は、古典的なニュートン力学では説明のつかない、素粒子
 の運動を研究する学問です。
 『シュレーディンガーの猫』の実験は、そんな難解な概念を、単純化して、
 たとえ話風の実験にしたのでしょうが、それでもなかなかピンときませんよ
 ね。

 この概念が難解なのは、私たちの常識や考え方と、大きく違っているからな
 のでしょう。

 だって、私たちが普段見ている世界では、古典的な力学で、すべてがうまく
 説明できるように思えるのですから。
 
 「この速度で、この道を進めば、目的地に到達するのはこの時間」
 「このくらいの力を加えれば、その物体はこのくらいの影響を受ける」
 
 そして、人生においても、ほとんどのことがこの力学で充分間に合いますね。

 「こうすれば、結果はこうなる」
 「こんな成果が欲しければ、あとこのくらい努力する必要がある」

 そんなふうに、古典的な力学の法則に従って、私たちは、もっと良く生きる
 ために、または、目標を達成するために努力をしています。

 普段は、その力学とは、まったく違った法則もあると、思いを巡らすことも、
 まずないでしょうね。

 確かに、この古典的力学は、私たちが生きていくうえでの指針にはなります。
 でも、あまりにも、その力学だけを信じ込みすぎて、すべてがそれで計算で
 きると決めてしまっていれば、どうでしょうか。

 単純な例だと、ある目的地に行くために、『その駅の何時何分発の電車に乗
 れば間に合う』ということは計算できます。
 ところが、途中で事故があったりして、必ずしも、計算通りの結果になると
 は限りませんね。

 また、財産を築けば必ず豊かになるとは限らないし、家族を幸せにするため
 に、一生懸命に仕事に打ち込んでも、だからといって必ず理想の家庭になる
 ということもないでしょう。
 定年になれば自由が保証されるとは限らないし、努力したからといって絶対
 に成功する保証があるわけではありません。
 
 そんなことを体験したり、話を聞いたこともあることでしょう。
 古典力学が、この世界のすべてのものに当てはまるものではないのと同じよ
 うに、人生においても、ときには通用しないこともあるのです。

 そんなとき、ずっと信じてきた力学だけが、絶対だと思いこんでいれば、き
 っと裏切られたような気持ちになってしまうことになります。
 
 「これだけ、一生懸命がんばっているのに」
 「あなたのことを、こんなに思っているのに」
 「ずっとまじめに生きてきたのに」

 そんな思いに苦しんでしまうかも知れません。

 だけど、この世界は、その力学だけがすべてではないのです。
 自分を苦しめているのは、経験した出来事ではなくて、自分の信じている力
 学がどんなときでも正しい、という思い込みなのではないでしょうか。

 そんなときには、ちょっと深呼吸をしてリラックスしてみましょうよ。

 私たちは、目の前の結果や出来事にこだわったり、否定することもできます
 し、そこから学びをもたらし、楽しむこともできるのです。
 同じ出来事でも、見方を選ぶことは、私たちの自由です。

 シンプルなことです。
 こだわりを手放して、新しいものを受け容れてみればいいのです。

 この世界が、「こうでなければならない」とは限らないように、あなた自身
 も、「こうでなければならない」ということはありません。

 そう、もっと大きな世界を知ることができる力学もあることを、思い出しま
 しょうよ。

No.486

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【癒しのことば】Vol.486 2004/2/19       
 総発行部数:14,538部

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 「思うに、一番楽しい瞬間とは、結局のところ自分のなかのストレッチされ
  たがっている部分を、自分でも知らずにストレッチしているときだ」

           -- ジョージア・オキーフ(アメリカの画家)--

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 どうしても自転車のカギが見つかりません。
 
 用事があって出かけようと思っているのに、これでは自転車に乗ることがで
 きないのです。
 出かけなくてはならない時間は、どんどん迫ってきます。

 一生懸命になって、心当たりのある場所を探しますが、すべて徒労に終わり
 ます。

 間に合わなかったらどうしようと、気がせいてイライラしますが、どうしよ
 うもない。
 
 仕方ないとあきらめて、歩いて出かけることにします。
 ちょっと疲れるし時間はかかりますが、少し早足で行けば、何とか間に合う
 でしょう。

 そして、用事を終えて帰ってきたときに、思いがけないところに、自転車の
 カギがあるのが目に入ってきたりするのです。

 あんなに一生懸命に探しても見つからなかったのに、忘れた頃になって、と
 ても簡単に見つかるもの。
 あなたも、そんな経験をしたことがあるのではないでしょうか?
 
 そんなときのことを思い出してみてください。
 「自転車のカギがない!」といってイライラしたり、悩んだり、落ち込んだ
 りしたところで、見つからないときには、どんなに必死になっても見つから
 ないですよね。

 でも、「何とか見つけよう」という気持ちに、ちょっと距離を置いたり、気
 にしないようにしたり、あきらめたりしてみると、いつかは必ず見つかるも
 のです。

 それに、カギのことで一杯になった頭を、少し落ち着かせて考えてみれば、
 必ずしもカギが必要ではないことに気づいたりします。

 歩いたり車に乗ったり、誰かに自転車を借りたりすることもできるでしょう。
 絶対に、今、自分の自転車に乗らなくてはならないのなら、カギを壊すとい
 う手だってありますよね。


 探しているものが見つからないときには、イライラしたり、悩んでも仕方が
 ない。

 探しているものから、ちょっと距離をおいてみたり、あきらめたり先延ばし
 にしてみると、ひょっと、探しているものが見つかることもある。

 もし、見つからないとしても、それにこだわる気持ちを手放してみれば、他
 にもいろいろな可能性が見えてくる。


 これは、私たちの人生だって同じなのではないでしょうか。

 何かに悩んで苦しむこともあります。
 その状況をどうにかしようと、一生懸命にがんばりますが、なかなかうまく
 いきません。

 そうなると、ますます悩みが深くなり、落ち込んでいってしまいますね。

 でも、先ほど見たように、そんなときこそ物事に距離をおいたり、何とか解
 決しようという気持ちを手放したり、放っておく方がいいのでしょう。

 何とかしようとあせっても、いくらがんばっても、ダメなときはどうしよう 
 もないのです。
 
 今は、きっと時間が必要なのでしょう。
 あるいは、時期ではないのかも知れません。

 そんなふうに、悩んだり苦しんだりする気持ちから自由になってみると、忘
 れた頃に事態が好転したり、思いがけない解決法が思いついたりすることも
 あるでしょう。


 だって、悩んだり苦しんだりしたのは、自分が何かにこだわる気持ちがあっ
 たからですよね。

 「こうならなければならない」
 「こうあるべきだ」
 「こんなことは、あってはいけない」

 そんな気持ちを手放したときが、私たちが、ひとつ大きくなったときなので
 す。
 
 悩んだり苦しんだりするときは、心がもっと楽になろうとストレッチしてい
 るとき。
 ゆっくりと、自然に、自由に、のびのびとストレッチさせてあげましょうよ。
 
 あなたは、悩むためではなくて、もっともっと生きることを楽しむために、
 この世界に生まれてきたのですから。

No.484

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【癒しのことば】Vol.484 2004/2/12       
 総発行部数:14,534部

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 「大きく考えよ。
  大きく考えれば、あなたはきっと大きな体験をするでしょう」

          -- ジョセフ・マーフィー(アメリカの著述家)--

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 子どもの頃、天体望遠鏡を買ってもらって、はじめて見た星は、もちろん月
 でした。

 夜空に瞬く星のなかで、なんといっても、ひときわ明るく大きいので、望遠
 鏡の焦点を合わせやすかったのです。

 その夜の月は、満月に少し足りないかたち。
 まずファインダーを使って、だいたいの方向を合わせます。
 そして、うまくレンズに収まるように、方向を微調整したり焦点を絞ったり
 します。
 
 何しろはじめてのことなので、なかなかうまくいきません。
 やっとの思いでレンズに映し出された月の表面を見ることができたときには、
 感激と感動で、しばし時のたつのも忘れてしまいました。

 弟にも見せてやろうと思いついて、家のなかに呼びにいきます。

 自慢げにレンズを覗かせてみると、弟は、こんなことを言います。
 「なんだ、半分しか見えてないや」

 おかしいと思って見てみると、確かに、さっきまでは、ちゃんとレンズ一杯
 に入っていた月が、少しはみ出しています。

 そうです、地球の自転によって、時間がたつと微妙に星の位置は変わるもの
 なのですよね。
 
 あわてて方向を修正しようと、レンズに眼を当てたまま、望遠鏡の本体を動
 かしてみます。
 ところが、これが全然うまくいきません。

 レンズではあんなに大きく見えている月なのに、ほんのちょっぴり望遠鏡を
 動かすだけで、もうどこかへ行って見えなくなってしまいます。
 そうなると、戻そうとしてももうダメです。
 いくらレンズを動かしても、見つかりません。

 一瞬、月が消えてしまったのかと、レンズから眼を離してみると、ちゃんと
 夜空に輝いています。
 結局、もう一度ファインダーからはじめて、月を見えるようにしたときには、
 弟は退屈して、どこかへ行ってしまった後でした。


 「どうして私だけが、こんなにつらい思いをしなければならないんだ」
 
 悩みを抱えてしまうと、私たちは、どうしてもそんなことを考えてしまいま
 す。
 悩みの原因は、人それぞれなのですが、ひとつのことに心がひっかかると、
 そればかりしか考えられなくなってしまうようです。

 この問題さえなければ……
 あの人さえいなければ……

 そして、「いつも自分だけが」と自分を嘆くことになってしまうのです。

 ひょっとしたら、そんなとき私たちは、ひとつの方向へ向けた望遠鏡のなか
 に、見ているものがうまく収まらないから、苦しんでいるとは考えられない
 でしょうか。

 たとえば、車に乗っていて渋滞に巻き込まれたとしたら、「急いでいるのに、
 時間の無駄だ!」「なんで渋滞なんかするんだ!」などと、ついつい思って
 しまいます。

 これは、
 「車は、予定した時間で目的地につかなければならない」
 「止まっている時間は、無駄だ」
 という方向に望遠鏡が向いていて、そこに現実がうまく合わないから、イラ
 イラしてしまうようですね。

 そんなときには、あれこれ悩んで焦点を合わせようとしても、ますます苦し
 くなるだけです。

 それよりも、ちょっと深呼吸して、その望遠鏡から眼を離してみてはいかが
 でしょうか。
 そして、心に余裕を持って、少しだけ望遠鏡をずらしてみるのです。

 すると、
 「これは考え事をするには、いいチャンスだ」
 「背伸びをして、ちょっと身体をリラックスさせるのにちょうどいいな」
 と、また違った考えも生まれきます。

 今までどうしようもないと思っていた問題も、苦手で顔を見るのもイヤだと
 避けていた人も、ちゃんと焦点を合わせて受け容れてみれば、意外といい解
 決法が見えてくるかも知れませんよ。

 あなたが乗り越えられない問題は、あなたの前には現れないものなのです。

 辛いこと、苦しいことに出会ったら、悩んでいるより、とにかく深呼吸して
 そこから目を離してみましょう。
 すると、視野がひらけて、今まで見えなかったことも見えてきたりするもの
 です。

 大きく世界を見ると、もっといろいろなものも見えてきます。
 私たちが見ようと思うほど、受け容れようと思うほど、世界は拡がって多く
 のものが与えられるようです。
 
 ……夜空の星は、月だけでなくて、数え切れないくらいあるのですから。

No.483

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【癒しのことば】Vol.483 2004/2/5       
 総発行部数:14,483部

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 「自分で薪を割れ、
  二重に温まる」

           -- ヘンリー・フォード(アメリカの実業家)--

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 「いちばん近いように見えるけど、いちばん遠いものなあんだ?」


 子どもの頃、叔父さんから、こんな「なぞなぞ」を出されました。

 一生懸命頭をひねったけど、どうしてもわからない。
 考えれば考えるほど、頭のなかがこんがらがってきます。
 いろいろ思い浮かべても、そんなものあるわけがないと思えてきます。
 
 悔しいけれど、叔父さんに答えを教えてもらうしかありません。

 「それは、大晦日とお正月だよ。
  だって、1日違いのように思えるけれど、お正月は一年でいちばん最初の
  日で、大晦日はいちばん最後の日だろう。
  いちばん遠いのさ」

 あ、なるほど。
 やられた!

 そう思ったけれど、後になって、何だか納得が行かない気もしてきました。

 確かに考えてみれば、お正月と大晦日は、いちばん近いように思えても、い
 ちばん遠いのです。
 
 頭を使って考えてみれば、その年でいちばん遠いのには違いありません。

 でも、大晦日の次の日は、どうしてもお正月になってしまいます。
 何も考えなければ、いちばん近いのも確かなのです。

 昔、コロコロ転がるたまごを、立ててみようと言い出した人がいました。

 それを聞いたある人は、
 「たまごを立てることなんて、できるはずがないだろ!」
 と怒りだして、立ててみようともしませんでした。

 もうひとりは、たまごの形状や重さなどを正確に計測しはじめました。
 そして、何やら複雑な計算を続けていましたが、やがてこう言い放ったので
 す。
 
 「たまごを立てるのは、力学的にみて非常に難しい。
  重力や形状、立てる面との関係から、直立させるのは、微妙で繊細な作業
  が必要で、確率的に計算すると……」

 そして、また計算をはじめたということです。

 この話、本当かどうかわかりませんが、コロンブスという人は、さっとたま
 ごを取り上げて、机の上に軽く叩きつけたそうな。
 
 すると、カラの一部が割れて、たまごは見事に立ってしまったということで
 す。


 本当は、とても簡単なことも、余計なことをいろいろと考えてしまうから、
 難しそうに思えたり、とてもできそうもないとあきらめたりしてしまってい
 るのではないでしょうか。


 冬の朝。
 寒いといって、ずっと布団のなかにもぐっていては、いつまでも起きること
 はできません。

 いくら「寒い、寒い」と嘆いても、温かくはなってこないのです。

 そんなとき、さっと布団をけって、立ち上がって、少し身体を動かしてみれ
 ば、だんだん温もってくるでしょう。

 もっといいのは、思い切って外へ飛び出して、朝の清らかな空気を吸って、
 ジョギングしたり、掃除をしてみたりすることです。
 
 鳥の囀りや、朝早くから元気で走っている人の姿に元気を与えられたり……
 身体だけでなく心もポカポカ温まってきますよね。

 
 いつまでも考え込んだり、悩んだりしていないで、思い切って立ち上がって、
 歩き始めてはいかがですか。
 
 そう、ただ自分の気持ちに正直になってみれば……
 あなたが本当に望む場所は、本当は、とても近いところにあるのかも知れま
 せんよ。

No.482

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【癒しのことば】Vol.482 2004/2/2       
 総発行部数:14,496部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
                         毎週 月・木曜日配信
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 「障害を克服できると信ずる者だけが、本当に障害を克服することができる。
  一日にひとつでも恐怖の対象を克服しない者は、まだ人生の第一課さえ分
  かっていない」

               -- エマーソン(アメリカの思想家)--

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 ゾウ使いがゾウを調教するとき、まずはじめにすることは以前にも書きまし
 たね。
 
 ゾウがまだ小さくて力も弱い頃に、太い丸太につないだ鎖を足に取り付ける
 のです。

 仔ゾウが逃げようとしてもがいても、どうしても鎖を外すことができず、そ
 のうちにあきらめてしまって、逃げようともしなくなってしまいます。

 そうなると、いくらゾウが大きく成長しても、ゾウ使いは、いとも簡単にゾ
 ウを逃げ出さないようにすることができます。

 丸太を引っこ抜けるだけの強い力を持つようになっても、ゾウは、足に鎖を
 つけられただけで、「もう逃げることはできない」と決めてしまうのです。

 たとえ、鎖の先には、小さな棒がさしてあるだけだとしても、ゾウは、決し
 て逃げだそうとはしなくなってしまうのだということです。


 ゾウが縛り付けられているのは、本当は小さな棒ではないのですよね。

 それは、小さな頃に自由になろうと、足につながれた鎖を一生懸命に引っ張
 ったけれど、そのたびに、味わった「痛み」や「絶望感」、「辛い思い」な
 のではないでしょうか。

 そう、ゾウは、「過去」にいつまでも縛られているのです。

 ゾウが、自由になる方法は、とても簡単ですね。
 ただ、その小さな棒から、離れればいいだけなのです。

 そのために必要なのは、足につながれているのが、どんなにがんばっても抜
 くことができなかった太い丸太ではなくて、ただの小さな棒だと気づくこと
 だけです。

 ところが、あきらめてしまったゾウは、小さな棒を見ようとはしません。

 棒を見ようとするたびに、過去の痛みや辛さが浮かび上がってきます。
 その小さな棒が、とてもつもなく強大で恐ろしい丸太に映ってしまうのです。

 ゾウは、過去の恐怖を味わうのを避けて、棒に目を向けようとはしないので
 す。

 
 「やりたいけれど、できない」
 「夢があるんだけど、自分には無理だとあきらめている」
 
 もし、あなたが、そんな思いを持っているとしたら、ゾウと同じように、い
 つまでも小さな棒に縛られているのかも知れませんよ。

 「できない」「無理だ」と思うのには、いろいろな理由があると思います。

 時間がない、お金がない、才能がない、家族の理解がない……
 仕事が忙しい、養わなくてはならない家族がいる、こんな問題がある……

 だから、自分の思うようにすることができないのですよね。

 そして、そんな障害があれば、棒を見なくてもいいのですよね。

 ゾウより賢い人間は、何かと理由をつくっては、棒を見なくて済むようにし
 ているようです。

 「過去」に自分が決めた限界や無力感、恐怖や自己不信を、また見なくても
 いいように棒に目を向けようとしないのです。

 確かに昔は、太い丸太が、あなたを縛り付けていたこともあったのでしょう。
 
 でも、それがどうしたというのでしょう。

 もう一度、自分の足元をよく見てくださいよ。
 丸太だと思えたのは、ただのちっぽけな小枝だということがわかるでしょう。
 今は、それを引き抜いて、望むところへ進んでいく力があるはずですよね。

 ダメだとあきらめてしまいそうになったら……
 できないと恐怖を感じそうになったら……

 そのときが、ひとつ大きくなって、望む場所に進むときです。
 
 簡単なことです。
 恐ろしいと思えるものの正体を、勇気を出して、ただ見るだけのことなので
 すよ。

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