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【癒しのことば】Vol.445 2003/9/4
総発行部数:13,467部
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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばをお届けします。
毎週 月・木曜日配信
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「余分の大理石がそぎ落とされるにつれて、彫像は成長するのだ」
-- ミケランジェロ(イタリアの彫刻家)--
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仏教に、「二の矢を受けず」という教えがあります。
生きているかぎりは、良いこと、イヤこと、さまざまなことに出会います。
人に誤解されて罵られることもあるでしょうし、何気なくしてあげたことで
とても感謝されることもあるでしょう。
このように、私たちが出会うものごとを、「一の矢」とたとえてみます。
この「一の矢」は、どんなに人格が高い人であろうと、平凡な者であろうと、
まったく同じように受けてしまうものです。
いくら避けようとしても無理ですね。
でも、さとりを開くような出来た人は、その次の「二の矢」を受けることが
ないというのです。
「二の矢」とは、「一の矢」によって引き起こされる、ネガティブな感情や
行動のことをいいます。
普通の人は、誤解されて罵られたとしたら、「どうしてわかってくれないん
だ」と悲しい気持ちが湧いてきたり、「誤解しやがって!」と怒りがこみ上
げてきたりします。
さらに、悲しい気持ちが強くなると、自分を責めたり、相手を恨んだりする
ことになり、心がどんどん重くなっていきます。
怒りにまかせて、相手に言い返したりしたら、喧嘩になったりして、お互い
気まずい気持ちになってしまいますね。
人に感謝されたらされたで、「オレのおかげだ」と、慢心する気持ちが出て
きたりすることもあります。
すると、何かお返しをしてもらって当然だと思ったり、お返しがないと、
「恩知らずなヤツめ」などと、不満を感じることになったりします。
こんな感じで、「二の矢」どころか、「三の矢」「四の矢」と、自分から受
けに行ってしまうのです。
「一の矢」を受けるのはしかたがないが、「二の矢」を受けてはいけないと
しているのです。
なるほど、心穏やかに生きて自分を磨いていくためには、「二の矢」を受け
ないことが大切なのですね。
……とは思うのですが、これがなかなか難しい。
嫌いな人に出会えば、ついついイヤな気分になったり、昔にされたことを思
い出して、怒りを感じてしまったりします。
好意を持っている人に会ったとしても、何とか自分のことを気に入って欲し
い、もっと近づきたいなどと、執着も湧いてきますね。
そんな感情を抑えようとしても、なかなかうまくはいきません。
やはり、聖人ではない、普通の人である私たちは、日々出会う出来事に流さ
れて、迷いと煩悩に翻弄されながら生きていくしかないのでしょうか。
何しろ、今まで生きてきて、背負っているものが多いですからね。
でも、あきらめてしまうことはありませんよ。
さとりを開くのは無理でも、せめて、理想の姿に近づこうと努力はできるの
ではないでしょうか。
楽に楽しく生きていこうと思っても、「一の矢」を避けることはとてもでき
ないですね。
これはどうしようもないことですが、さらに「二の矢」も受けてしまうのも
しかたがない、と開き直ってみるのです。
そのかわり、せめて「三の矢」「四の矢」は、受けないでおこう、とがんば
ってみましょう。
誰でもイヤなことに出くわせば、気分が悪くなりますし、物事がうまくいっ
たらいったで、慢心が起こったり、執着心も生まれてくるでしょう。
それは、それで構わない。
しかし、それに気がついたら、それ以上ネガティブなことを考えないように
するのです。
もし、出来事によって、ネガティブな感情を持ったり、マイナスな行動をし
ている自分に気づいたら、「二の矢だ、二の矢だ」と思って、抜いて捨てる
ようにしてみましょうよ。
『「二の矢」を受けてはならない』、と気を張って生きて行くよりも、
『「二の矢」を受けていることに気づいたら、さっさと抜いてしまおう』と
考える方が、気が楽になりますよね。
ひょっとしたら、「二の矢」と一緒に、背負っている、いらないものが、ど
んどん落ちていくかも知れませんよ。
もっと身軽になって、自分を道を歩いていけるかも知れませんよ。

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