いじめで悩む前に

2001年10月アーカイブ

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【癒しのことば】Vol.326 2001/10/31        
 総発行部数:12,751部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「たとえあなたが正しい道にいるとしても、そこに座りこんでいては、車に
  ひかれてしまうでしょう」

                   -- ウィル・ロジャー --

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 天気予報では、降水確率が80%でした。
 そこで傘を持って出かけたのですが、結局雨は降らず一日中傘を持ち歩くこ
 とになりました。
 
 別の日、降水確率は20%程度で、天気予報では「晴れ」となっていました。
 傘はいらないと思って外へ出たのですが、帰り際に大雨に降られてびしょぬ
 れになってしまいました。

 天気予報や今日の降水確率は、傘を持っていくか行楽へ出かけるかの参考に
 はなりますが、それを絶対的に信じていると失敗してしまうことにもなりか
 ねません。

 もっとひどい人は、たとえ外が快晴でも降水確率が90%なのだから、今日
 は雨が降るに違いないといって外へ出ようとしなかったり、雨が降っている
 のに降水確率が低いからきっと晴れると思い込んで、傘も持たずに出かけて
 しまいます。

 バカな人もいるもんだと笑ってしまうかも知れませんが、何かを絶対的に信
 じ込んでいる人は、同じようなことをしていることがあるようですよ。

 信頼できる人がそう言っているから。
 子供の頃、そう教えてもらったから。
 それでいつもうまくいっているから。

 もちろん、それらのことは、きっと正しくていちばんいい道なのでしょう。

 でも、いくら正しくても、いくら最高の方法でも、ときには柔軟に対応した
 方がいい場合もあるようです。
 降水確率がいくつでも、今自分が雨に降られているかどうかということのほ
 うが、ずっと大事なのではないでしょうか。
 
 交差点で、横から暴走車が疾走しているのが見えたら、目の前の信号が青だ
 ったとしても、自分がちょっと止まってその車が過ぎ去るのを待った方が賢
 明だとは思いませんか。
 
 いくらこちらの信号が青で、進んでいくことが正しいとしても、そんな車に
 ひかれてケガをしてしまっては意味がありません。
 正しいことが、いつも自分にとっての真実であるとは限らないのです。

 これは何も、横暴な人には泣き寝入りしろとか、他人の悪事を見逃せとか言
 っているのではありません。
 そんな暴走車は、ほおっておいてもいつかは事故を起こすでしょうし、その
 ままにしておくとまわりに迷惑がかかるのなら、しかるべきときに、しかる
 べき方法で相手の非を咎める方法はいくらでもあるでしょう。

正しい道は、もちろんすばらしいところなのでしょう。
 でも、どんなときでも、その道にしがみついているとしたら、どうなのでし
 ょうか。

 そんなことにエネルギーをかけるよりも、楽しく自分の旅を続けた方がずっ
 といいような気がします。

 それでなくても人生は、矛盾だらけなのです。
 何かを絶対的に信じるということは、昔の地図だけを見ながら、すっかり変
 わってしまった町を歩くようなもので、必ずどこかで迷ってしまうでしょう。
 
 たとえば、日本のことわざを考えてみてください。

 「善は急げ」 ←→ 「急いてはことを仕損じる」
 「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」 ←→ 「石橋を叩いて渡る」
 「鶏口となるも牛後となるなかれ」 ←→ 「寄らば大樹の陰」

 などと、ときと場合によって、いろいろな道があることを教えてくれている
 ようです。

 結局は、何がが正しいかよりも、何が自分にとって役に立つのかが大事なよ
 うですね。
 歩きにくい「正しい道」を進むよりも、ちょっとわき道にそれるとしても、
 もっと楽しく歩いていける道がいくらでもあるかも知れませんよ。

 そして、それこそが自分にとっての真実の道なのではないでしょうか。

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【癒しのことば】Vol.325 2001/10/30        
 総発行部数:12,745部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「他人の厚顔無恥に腹が立つとき、ただちに自ら問うてみよ。
  『世のなかに恥知らずの人間が存在しないということがありえようか?』
  『ありえない』と答えるだろう。
  それならば、ありえぬことを求めるな」

       -- マルクス・アウレリウス(古代ローマ皇帝)--

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 『荘子』のなかに、こんなことが書いてあります。

 舟で河を渡ろうとしているときに、自分の舟に他の舟がぶつかってこようと
 したとする。
 もし、その舟に誰も乗っていないとすれば、どんなに短気な人でも怒ること
 はないだろう。

 しかし、その舟に誰かひとりでも人が乗っていたとしたらどうだろうか。
 すぐに、
 「舟をどかせろ!」
 「あっちへ行け!」
 などと、大声を出すに違いない。
 
 一度叫んで相手が言うことを聞かないのならば、二度、三度と怒鳴り、つい
 には相手に罵声を浴びせることになってしまうだろう。

 はじめの場合は怒らないのに、今度は怒りが生じるのは、はじめのときは舟
 に人が乗っていなかった(虚)のに、今度は人が乗っていた(実)からであ
 る。

 人間も、自分というものを「虚」にして世のなかを生きていけば、誰もその
 人に危害を加えることはできないであろう。

                  (「荘子」外編 第二十 山木編)

 これは、自分の乗っている舟を「虚」、つまり誰も人が乗っていない舟のよ
 うにすれば、他人との無用のトラブルは避けることができると教えてくれて
 いるようです。

 自分のエゴをできるだけなくしていけば、楽に生きていくことができるとい
 うことのようですね。
 たとえば、赤ちゃんが大声で泣いていても、普通は、うるさいからといって
 誰も赤ちゃんに害を加えようとはしないでしょう。

 エゴをなくして、「虚」でいるとは、多くの人に受け入れられようと努力す
 るとか、自分よりも他人の役に立つことをするように心がけるということと
 は違うようです。

 そんなふうにがんばってしまうから、
 「誰も自分のことをわかってくれない」
 「こんなにみんなのためを思っているのに・・・」
 と感じる必要のない、心の乱れに悩まされてしまうこともあるのですね。

 それよりも、赤ちゃんのようにただありのまま、自分のままで生きていく方
 が、自分のためにも、そしてまわりの人のためにもずっと意味があることな
 のかも知れません。

 もちろん、そんな赤ちゃんでも、私たちの精神状態によっては、泣き声がと
 ても鬱陶しく聞こえて怒りがこみ上げてくる場合もあるでしょう。
 
 そんなときは、きっと誰もいない舟に、誰かが乗っているように思い込んで
 しまっているだけのではないでしょうか。
 相手の舟に、自分の感情を刺激する人が乗っているかどうかを見ようとする
 のは、やっぱり自分なのです。

 結局は、相手の舟に自分の影を見ているだけのようなものかも知れません。
 いるはずのない相手に、自分の心が乱され、鬱陶しく感じているとしたら、
 こんなにバカげたことはありませんね。


 イライラしたとき、怒りがこみ上げてきたとき、相手から攻撃されたように
 感じてしまうとき。
 ちょっと、立ち止まって深呼吸してみましょう。
 そんな感情の波に心が揺れてしまっていると、見えるものもちゃんと見えな
 くなってしまいます。

 心にゆとりを持って、相手の舟に乗っている人が、自分の影ではないかどう
 かもう一度確かめてみましょうね。
 そして、それが何であれ、受け入れてみてはいかがでしょうか。

 いちばん大切なこと、それはきっと自分の舟が、自分の行きたいところへ向
 かって進んでいく旅を、思いっきり楽しむということなのでしょう。

 そして他の舟も一緒に楽しめるとしたら、こんなにうれしいことはないです
 よね。

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【癒しのことば】Vol.324 2001/10/29        
 総発行部数:12,740部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「そのままの自分でいい そのままの自分が百点満点
  そのままのあなたでいい そのままのあなたが百点満点」

                 -- 山崎房一(教育者)--

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 機械が故障したら、「直し」ます。
 人が病気にかかれば、「治し」ます。

 「直す、治す」とは、「本来あるべき状態」でなくなってしまったものを、
 元に戻すという意味があるようです。

 でも、同じ「本来あるべき状態」からはずれているように思える、「喉が渇
 いた」ときや、「心の悩み」を抱えているときはどうでしょう。

 あまり、喉の渇きを「治す」とか、心の悩みを「直す」とは言わないようで
 すね。
 そんなときには、「喉の渇きを『癒す』」、「心の悩みを『癒す』」という
 ように、「癒す」ということばが使われることが多いのではないでしょうか。

 これは、「喉の渇き」や「心」には、みんなに共通の「本来あるべき姿」と
 いうものが存在しない、ということを表しているようです。

 喉の渇きを元に戻すのに、どれだけ水を飲めばいいのかは、そのときと場合、
 そしてその人によって全く違ってくるでしょうし、たとえ一時は渇きがなく
 なったとしても、ずっとその状態が続くのではなく、またいつかは渇いてく
 るということもわかっています。
 
 心だって、どんな状態になればいいのかは、人それぞれですし、同じ人でも
 状況によって違ってくるでしょう。
 とても、これが「本来あるべき姿」だという万人に共通するものをみつける
 ことはできませんし、たとえあったとしても、ずっとその状態にいることは
 難しいですよね。

 「癒」という字に、「病」や「疾」などと同じように「やまいだれ」がつい
 ているのは、他から見れば「本来あるべき姿」でないように思えるかも知れ
 ないけれど、それでもその人が安らげばいいんだよ、ということを教えてく
 れているような気がします。

 そういえば病気やケガでも、「癒す」ということがありますが、それは完全
 に元に戻ることを期待していないときに使われるような気がします。
 治らない病気やケガでも、それを持ちながらも、よりよく生きていこうとい
 うことを表現しているようですね。

 つまり自分にとっての今の姿が、「本来のあるべき姿」であるのだというこ
 とを受け入れてみよう。
 そうすれば、とても心が安らぐし、そこからすべてをはじめることができる
 よということなのですよね。

 そんな漢字の使い分けをしているのですから、私たちにはどこかでそれがわ
 かっているのでしょう。

 でも、ついつい人と自分を比べて、自分は「本来あるべき姿」ではない、と
 嘆きます。
 そして、ああなろう、こうなろう、あれが必要だ、これが足りないと、自分
 を責めてしまいます。

 でも、他の人との比較では、いつまでたっても本当の自分を知ることはでき
 ません。
 本当の自分が見えなくては、自分が何がしたいのか、どこへいきたいのかも
 わからないし、いつも不安を感じてしまうでしょう。

 また、自分と他人を比べて、その人を「本来あるべき姿」ではない、とイラ
 イラする人たちもいます。
 あの人は、こうするべきだ、もっとこうしなければならない、と何でも他の
 人のせいにしてしまいます。

 そんな人も、本当には自分の「あるがままの姿」見ているわけではないよう
 です。
 自分の信じ込みのなかの、「本来あるべき姿」を追いかけていて、それに外
 れている他の人を許すことはできないし、自分では気がついていなくても、
 何より自分が自分をいちばん許してはいないのです。

 そんな人たちは、いつも心が安らぐことはないでしょう。

 
 もしよければ、自分の胸に手を当てて、自分を感じて、今の自分を認めて受
 け入れるということからはじめてみてください。
 それが、すべての人をあうがままに受け入れることにつながっていくのです。
 そして、この世界を「癒し」、平和で満たすということになるのです。

 何より自分が「癒され」て、とても心が安らぐでしょう。
 そんな人こそが、きっといちばん強い人なのでしょうね。

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【癒しのことば】Vol.323 2001/10/26        
 総発行部数:12,742部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「われわれを助けてくれるものは、友人の援助そのものというよりは、友人の
  援助があるという確信である」

           -- エピクロス(ギリシャの哲学者 )--

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 「もしも子供が、人間の話し声を全く聞かずに育ったとしたらどんなことば
 を話すようになるのだろうか」

 中世の頃、神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ2世は、そんなことをを調べ
 るために、ある実験をしたそうです。

 それは、生まれたばかりの赤ん坊を数人、家族から引き離して同じ場所に集
 め、必要最小限の世話だけしかさせないというものです。
 ミルクを飲ませたり、入浴はさせても、ことばは一切かけないようにさせた
 ばかりでなく、抱っこなどの接触も極力させないように世話係に命じたので
 した。

 ところがこの実験は、完全な失敗に終わってしまいました。
 なぜなら、そんな育て方をされた赤ん坊は、ことばを話すようになる前に、
 全員が死亡してしまったからなのです。

 とても悲惨な結果になってしまった実験ですが、ここからわかることは、子
 供が健全に成長していくためには、いかに他の人とのかかわりや接触が大事
 なのかということなのでしょう。
 
 いや、これは子供ばかりではなく大人になった私たちにも、同じことが言え
 るのではないでしょうか。
 どんなにがんばっても、強がっても、たったひとりで生きていける人など、
 どこにもいませんよね。

 物質的にもそうですし、特に何もかもうまく行かなくて落ち込んでいたり、
 悩みを抱えているときなどには、誰かに話を聞いてもらう人がいるというこ
 とだけでも、大きな助けになるでしょう。

 たとえば、こんな話を聞いたことがあります。

 もしもたったひとりで洞窟などの真っ暗闇のなかに迷い込んでしまったとし
 たら、たいていの人はすぐにパニック状態に陥り、ほんの数分で発狂してし
 まうということです。

 ところが、誰か他の人がひとりでも一緒ならば、そんなことにならずに済む
 そうです。
 誰かが側にいてくれるだけでも、とても安心できて、何とかがんばろうとい
 う気持ちがわき上がってくるようですね。

 落ち込んでいたり、悩んでいるときは、真っ暗な洞窟のなかに迷い込んだよ
 うなものです。
 また今という時代は、今までの価値観が崩壊し先のこともよく見えない、ま
 さに闇のようなものですよね。

 そんなときに私たちが、ちゃんと自分自身でいられるのも、やはり家族や仲
 間が側にいてくれるからなのではないでしょうか。
 たとえ目に見えないつながりでも、誰かと関わっているという安心感こそが
 大切なことなのでしょう。

 そして、私たちが誰かとの関わりで安心を感じているということは、その誰
 かもこちらとの関係で安心を感じているのでしょう。

 あなたのまわりに、暗闇のなかでさまよっている人はいませんか?
 もし、悩みや困りごとがあって、苦しんでいる人がいるのなら、何とか心の
 支えになってあげるようにしてみましょう。

 たとえ、何もできなくても、ただ側にいてあげるだけでもいいでしょう。
 本人が気が付いていなくても、その人を見守ってあげているかどうかという
 ことが大切なようです。

 与えたものは、いずれは自分のところに還ってくる。
 それが、結局は自分を助けることにもなるのですから。
 そして、そんなことの積み重ねが、この世界を本当に明るく安心できるもの
 にしていくのでしょうから。

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【癒しのことば】Vol.321 2001/10/25        
 総発行部数:12,728部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「すべての物・人・状態・体験に感謝できる心になることが幸福へのパスポ
  ートである」

           -- 村松智文 --

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 英語が苦手な受験生のことを考えてみてください。

 なんとか英単語を暗記しようとして、「A」のところからはじめてみるので
 すが、どうも思うように進みません。
 好きでもないことを、イヤイヤやっているので、すぐに気が散ってしまうの
 です。

 そこで、いったん休憩を取って気分を変えてみることにしました。
 机を離れて床に座ってやってみようか、それとも使っている単語帳を別なも
 のにしてみようか、とあれこれ試してみます。

 そして、単語の暗記を再開するのですが、そんなときはきっと休憩する前の
 続きからはじめるのではなく、また「A」からスタートしようとするのでは
 ないでしょうか。

 これは無意識に、ストレス状態を避けようとする心理が働くからのようです。

 英単語はいくら苦手でも、ひとつやふたつくらいは、楽に覚えることができ
 るのですが、これが数を重ねていくうちにだんだんと難しくなっていきます。

 そして、この先も英単語を覚えようとする限り、さらに大変な状態になって
 いくことが予想されますよね。

 現在は、まだそう大きなストレスではないのですが、先に待ち受けている困
 難な状況から逃れようとして、ついもう一度はじめに戻ってやり直そうとす
 るもののようです。
 何の解決にもなるわけでもないのですが、少しでもそのストレスを避けよう、
 後回しにしようとしてしまうのです。

 もちろんそんなことをいくら繰り返しても英語ができるようになるわけもあ
 りません。
 必要なのは、自分が英語を好きになるか、もっと暗記することを楽しめるよ
 うに工夫してみるか、とにかく自分を変えることですよね。

 
 何か思うようにいかないことがあると、転職してみるか、引っ越すか、付き
 合う相手を変えてみれば、そこから逃げ出せると思っている人がいます。

 なかなか思い通りにいかないのが人生なのですが、そんな人は、今が満足で
 きないと感じると、この先にはもっと困難な状況になるに違いないと思えて
 きて、そこから逃げだそうとするのです。

 すべてを、また一からやり直せば、うまく行くような気がするのです。

 でも、いくら逃げようとしても、自分という人間から逃れることができるは
 ずはないのです。

 確かに環境を変えれば、しばらくはよくなったように思えるかも知れません。
 ところが、結局は、自分が何をどう感じるか、どんなことにどう反応するか、
 何をして、何をしないことを選択するのかは変わっているわけではないので
 すよね。

 
 何かに行き詰まったり困難を感じるときは、もちろん何かを変えるときなの
 でしょう。
 そしてそれは、自分を取り巻く状況なのではなくて、自分の心構えや世界の
 受け取り方であることが多いようです。

 まずは、今の環境の何が不満なのか、何が気に入らないのかを数えることを
 やめてみて、自分の人生で何が恵まれているのか、自分のどこがすばらしい
 のか、それを探して感謝してみることをはじめてみてはどうでしょうか。

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【癒しのことば】Vol.321 2001/10/24        
 総発行部数:12,752部

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 「心配からどうしても逃れられない人がいます。
  そういう人は、自分の心の波長が心配の波長に同調しているのです。
  心は、考え続けていることを引き寄せてしまうのです」

          -- ナポレオン・ヒル(アメリカの教育家)--

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 私たちは、身の回りにうれしいことばかりが起こり、いつも楽しい気分でい
 られたらいいなと望んでいます。
 ずっとそうなら「いい」ですね。

 ところが現実は、なかなかそうは行かなくて、ときにはイヤなことに出会い、
 苦しんだり悲しみを感じたりすることもあるでしょう。
 これはあまり「よくない」ことだと思えます。

 でも、その「いい」とか「よくない」とかは、誰が決めているのでしょう。
 はたして本当に、いつもいつも楽しさを感じるということが「いい」ことで
 悲しみや苦しみを感じることは「よくない」ことなのでしょうか。

 たとえば、こんなことを考えてみてください。

 ここに、ひとつの箱があるとします。
 その箱の面のひとつひとつには、「楽しい」や「悲しみ」「怒り」などいろ
 いろな感情が書いてあると思ってください。

 その箱を見るのに、どの面でも自由に選んでもいいとします。
 もしも、私たちが「楽しい」と書いてある面だけを選んで見ることにしたと
 すると、どんなことになるでしょうか。

 いつもたったひとつの方向だけから見ていれば、その箱は、きっとただの四
 角い面だとしか思えないでしょう。
 それが箱だということもわからないし、その箱の大きさや本当の全体的な形
 などもとても知ることはできませんよね。

 ところが、ときには「悲しみ」や「苦しみ」などの他の面からも見ることを
 選んだとしたら、きっとその箱のことが全部知ることができるのではないで
 しょうか。

 これは箱のなかから、外を眺めていると考えてみても同じです。
 いろいろな面に窓があるのに、ただひとつの窓から外を見ることしかしない
 としたら、ほんの限られた世界しか知ることはできません。

 もちろん、それが「楽しい」という窓であってもです。

 本当に世界を知ろうと思えば、すべての窓から外を眺める必要がありますよ
 ね。
 私たちが味わう、さまざまな感情とは、そのためにあるのかも知れません。

 感情とは、私たちがこの世界を知り、自分の世界を広げてくれる、ひとつの
 道具のようなものなのではないでしょうか。
 その気持ちを味わわないと見えてこないこともあるのです。

 その道具をうまく使って、この世界を眺めてみれば、「今、ここ」にいる自
 分にとって、何が「いい」ことで、どれが「よくない」かがわかってくるの
 ですが、私たちはついその道具にこだわってしまうようです。

 本当に何が「いい」か「よくない」のかを知るための道具なのですが、それ
 を使う前から、このことは「いい」とか、こんな状態は「よくない」とかを
 決めてしまって、勝手に「こうあらねばならない」、「そんなことではいけ
 ない」と自分を苦しめてしまうのです。

 「いつも楽しくなければならない」
 というこだわりが、変化を恐れて自分を小さな世界へ閉じこめてしまいます。

 「悲しいことがあってはならない」
 そんな引っかかりが、不安や心配を創りだし、結局はその現実を呼び寄せる
 ことにもなるのです。

 
 できれば、そんなこだわりを手放してみましょうよ。
 うれしいことがあれば心から楽しみ、つらいことがあれば思いっきり悲しん
 でみて、そこから見えてくるものを大切にしましょう。

 悲しいことでも、苦しいことでも、楽しいことでも、どんなことがあっても
 そこから生まれる気持ちをとことん味わうことが、私たちをもっと大きくし
 てくれるのです。

 そんな自由な心で、この世界を見てみれば、本当はすべてが「いい」ことな
 んだということに気づくのでしょうね。

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【癒しのことば】Vol.320 2001/10/23        
 総発行部数:12,746部

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 「自分を助けられない人には、他の人も助けられないのです。
  それが、人生の中で最も美しい代償です」

         -- エマーソン(アメリカの詩人・思想家)--

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 アメリカの精神医学者、アンドリュー・ワイル博士の本のなかにこんなこと
 が書いてありました。

 アメリカのある病院では、事故で頭などに致命的な大ケガをして昏睡状態に
 なってしまった子供が奇跡的に命をとりとめた例が過去に何度かありました。

 それを調べてみると、すべてが中南米の民族、つまりラテンアメリカ系の家
 庭の子供だったのです。
 それに対して、アングロサクソン系、いわゆる白人の子供たちは、ひとりと
 して命が助かることはなかったということです。

 これは、単に民族の違いによる肉体的な理由ではないようです。

 事情をよく知る病院の看護婦さんの話では、ラテンアメリカ人たちは、事故
 のことを聞くやいなや、家族はもちろん親戚までもが、急いで病院に集まっ
 てくるということです。

 そして、意識を失っている子供のベッドの側で、子供に呼びかけたり、お祈
 りをあげたりするのです。
 夜も昼も、ずっと子供と一緒にいようとするそうです。

 ところがアングロサクソンの家庭では、核家族化が進んでいて、夜になると
 子供の家族は、ベッドの側を離れてしまいます。
 すると子供たちは、夜の暗闇のなかで、ひとりぼっちにされてしまうことに
 なります。

 もちろん、昏睡状態の子供たちには、家族の声が聞こえるはずでもないでし
 ょうし、誰かが側に寄り添っていてくれても、それを感じるわけでもないの
 でしょう。

 でも、その看護婦さんに言わせれば、そんな届かないはずの声が、死の淵に
 いる子供たちを勇気づけ、生命力を呼び覚ますのだとしか考えられないとい
 うことです。

 ワイル博士は、このエピソードから、家族に限らず、いかに人と人のつなが
 りが大切かということを訴えているのです。


 本当にその通りだと思います。

 たとえば、大きな過ちをしてしまったり取り返しのつかない失敗をしてしま
 った人がいたとします。
 そんな人は、心に致命的な傷を負っているはずです。
 まさに、ベッドに寝かされた重体の子供のようなものなのではないでしょう
 か。

 そんな人が二度と立ち上がれないように落ち込んでしまうか、何とかそこか
 ら立ち直ることができるかは、やはり「つながり」が大事になってくるでし
 ょう。

 まったくのひとりぼっちにされて、孤立してしまっては、息を吹き返すこと
 は難しいかも知れません。
 でも、本人は気がつかなくても、誰かがやさしく見守っていてあげることが
 できれば、きっと元気が戻ってくるでしょう。

 もちろん、そのなかから本人が自分で乗り越えていかなければならないこと
 がありますが、そんな人と人との「つながり」こそが、心のカンフル剤にな
 るのではないでしょうか。

 そして、もっと大事なのは、まず自分が自分の側にいてあげるということで
 す。
 うまくいかなかったり、ミスをしてしまって、落ち込むこともあるでしょう。
 そんなときには自信をなくして、自分がイヤになってしまうかも知れません。

 そんなときにも自分を責めることはありません。
 そんなことをすれば、もっともっと傷を深くするだけでしょう。

 誰にでも失敗や過ちをしてしまうことはありますが、それはわざとではない
 ですよね。
 ミスをしても自分を許してあげれば、そのミスから学んだことを次に生かし
 ていけるだけの余裕も生まれてくるのです。

 重要なのは、自分自身を本当に許すことができるのは自分だけなのだという
 ことなのです。

 どんなときにも、
 「大丈夫だよ」
 と自分にやさしく声を掛けてあげましょう。
 
 それこそが、自分だけでなく他の人だって、助けてあげることができる、大
 きな「つながり」を持つことになるのですから。

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【癒しのことば】Vol.319 2001/10/19        
 総発行部数:12,756部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「失敗を気にしていては革新はできない。
打率三割といえば強打者と呼ばれるが、それはつまるところ十回のうち七
  回までが 失敗だったということである」

     -- アルフレッド・スローン(アメリカの実業家)--

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 何かを達成したい
 自分の夢を叶えたい
 やりたいことをやりたい

 そう思ったときに、ひとつのエネルギーが生まれます。
 このエネルギーは、私たちを後押しして、前に向かってどんどん進むように
 してくれるのものです。
 
 そのエネルギーの流れに乗ると、ラッキーなことが起こったり、助けてくれ
 る人が現れたりして、不思議とすべてがうまくいくようになるのです。
 また、どんなことも、自分の味方をしてくれているように感じるられてくる
 のです。

 でも、ときには、ちょっと思い通りに行かないようなことも起こるでしょう。

 そんなときには、
 「本当にこれで大丈夫なのかな?」
 「自分にできるのだろうか・・・」
 という気持ちも生まれてくるかも知れません。

 それもひとつのエネルギーです。
 ただ、これは前に向かっていくエネルギーを停滞させてしまうエネルギーの
 ようです。
 
 その流れに乗ってしまうと、どうも自分のやっていることに自信が持てなく
 なったり、不安を感じたりすることになります。
 また自分の前に、急に障害物が見えてきたりするのです。

 そうなると大変です。
 ひとつ障害物が見えはじめると、もうひとつ、またひとつと、どんどん増え
 てくるように感じられてきます。
 その障害物が気になったり、大きな失敗をして立ち上がれなくなってしまう
 ように気がして、今までのように前に進んでいくことができなくなってしま
 うのです。

 また、何とかひとつの障害物を乗り越えたとしても、次にはさらに大きな障
 害物が現れて、私たちの道を邪魔するように感じられるのです。

 
 ここで気づいてほしいのは、そんな障害物を創りだしているのも、自分自身
 ではないかということです。

 前に向かっていくエネルギーを創りだしたのも自分ですし、それをもっと大
 きなエネルギーの流れに乗せたのも自分です。
 そして、その流れに逆らうエネルギーを創りだし、自分の前に障害となるも
 のを創りあげたのも自分なのです。

 そして、これは、どれだけ自分を信じているか、どれだけ自分を受け入れて
 いるかということに関係しているようです。
 自分を信じて、自分を受け入れ、自分が望むことろへ向かうとき、私たちは
 大きなエネルギーを創りだすことができるようです。
 また、自分に不信感を持ち、あれこれ不安を感じることは、そのエネルギー
 を滞らせ、自分を動けないように縛りつけてしまうのです。

 それが本当かどうか確かめてみたい人は、こんなことを試してみてください。

 まず誰か協力してくれる相手を見つけてみてください。
 次に少しスペースを取り、自分の行きたいところとして、数メートル先の地
 点を決めてみます。

 といっても、その目的点に行きたいという気持ちがなければ、進んでいく気
 も起こらないでしょうから、ここは試しに、そこは特別の場所で、行くこと
 ができれば何かいいことが起こるのだと考えてみてください。

 すると、そこへ何となくそこまで行きたいという気持ちが起こってきません
 か?
 ひとつのエネルギーの誕生です。

 もちろん、そこまでに何もなければ、スムーズに歩いていくことができます。

 そこで次に、誰かに自分と目的点の間に立ってもらいます。
 その人には、自分がそこへ行くのを何とか邪魔して、足を踏ん張って阻止す
 るように頼んでおくのです。

 そして、同じように目的点まで歩いていくのですが、今度はどんな感じがす
 るでしょう。
 その相手と押し合って進んで行かなければならないと思うと、その前から気
 が重くなってくるのではないでしょうか。

 また、相手とぶつかってみれば、とてもエネルギーを消耗したように感じて
 疲れてしまいます。
 相手の力が強くて、どうしても前に進めなければ、もう進んでいこうという
 気も起こらなくなるかも知れません。

 相手と力の差があって、何とか振り切って目的点まで行ったとしても、次に
 はプロレスラーのようにもっと力が強い人がいたらどうしよう、などと考え
 ると、やはり気持ちはスッキリしませんね。

 ところが、同じことをするのに、こんなふうにしてみたらどうでしょう。
 それは、相手に邪魔してもらうのは同じなのですが、今度は自分のことだけ
 を感じて歩いてみます。

 相手を障害だとは思わずに、そこに人が立っているな、くらいにしか気にか
 けないようにしてみるのです。

 するとどうでしょう。
 そんな気持ちで歩いていけば、相手は思わず身を引いてしまうでしょうので
 はないでしょうか。
 相手は、何とか邪魔してやろうと身構えているのですが、そんなエネルギー
 に乗らずに、自分の前に向かうエネルギーで進んでいけば、スルリとかわす
 ことができるのです。

 仮に相手が強すぎたとしても、何度も進もうとトライしているうちに、相手
 もばからしくなって、道を譲ってくれるかも知れません。
 邪魔をするというのも、大きなエネルギーを消耗するようですからね。
 それに比べて、どんなことでも楽しみながらやってみれば、あまり疲れを感
 じることはないようです。

 障害物は、それを認めて身構えるからこそ、障害物になるようですね。
 どんなに条件が悪くても、それよりも前向きのエネルギーに焦点に合わせて
 みれば、それは障害ではなくなってしまうのかも知れません。

 前に向かっていくエネルギー。
 それを停滞させる障害物。

 どちらも創りだすのは自分なのですから、どちらが欲しいか決めているのも
 自分ですよね。
 どうせなら、楽しくて元気になる方を選びたいと思いますね。

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【癒しのことば】Vol.318 2001/10/18        
 総発行部数:12,730部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「今度、何か手のつけられないような困難に出会ったら思いきってそのなか
  に飛び込み、不可能と思っていたことを可能にすることだ。
  自分の能力を完全に信頼していれば、必ずやれる」

          -- デール・カーネギー(アメリカの教育者)--

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 たとえば、小さな頃に犬に噛まれたという経験をしたとします。
 そのときの痛みや怖さは、いつまでも心のなかに残っているのかも知れませ
 ん。

 大人になった今でも、犬が怖くて近づけないという人もいるでしょう。
 それが小さな犬で、恐れることはないのだとしても、心のどこかには犬を見
 るたびに、噛まれたときの恐怖が、また蘇ってくるのです。

 そんな恐怖を抱いていると、犬もまた恐怖を感じてしまい、こちらに向かっ
 て吠えてくるということもあるでしょう。
 私たちは、ますます犬に対して恐怖を感じることになりますが、その現実は、
 自分自身が創りあげたものだと言えるのではないでしょうか。

 恐怖は、そこから逃げだそうとすると、ますます私たちを追いかけてくるも
 ののようなのです。


 本来、恐怖というものは、私たちにとって役に立つものなのです。
 それは肉体的あるいは心理的に危険を察知し、私たちに警報を与えてくれる
 ためにあるのです。

 この警報をキャッチすると、身体のなかでは交感神経が活性化したり、内分
 泌系ではアドレナリンなどのホルモンが分泌され、危険に対処できるように
 神経が敏感になったり、筋肉が緊張したりするのです。

 だからこそ私たちは、それ以上の危険を避け、生き延びていくことができる
 のですね。

 ところが、ときに私たちは実際の状況ではなく、自分の心のなかにある危険
 に反応してしまうことがあるようです。
 先ほど見た、犬に対する恐怖のように、もう恐れる必要もない場合にさえ、
 いつまでも条件づけられた恐怖を持ち続けることさえあるのです。

 そんな恐怖は、私たちが小さくてまだ弱かった頃に、自分自身を守るために
 掴んでいようと決めたことが多いのですが、ずっとしがみついていたために、
 今度はそれを手放すということも恐怖の対象になってしまうようです。

 そこでの問題点は、そんな恐怖心は危険を避けようとするだけでなく、私た
 ちが、よりよくなっていくことや、何かを達成しようという積極的な意識に
 も、その邪魔をしようとすることなのです。
 何であれ自分に変化を起こす状況を避けようとしてしまうようです。

 もちろん、恐怖を感じることは、私たちが生きていくために必要なことなの
 ですから、どんなときにも恐怖を感じるべきではないということではありま
 せん。
 
 ただし、どんなときでも恐怖心に支配されてしまっていることは、自分の世
 界を限定することになってしまいます。

 本当に必要なのは、心のなかの恐怖を支配することにあるようです。
 「勇気」とは、恐怖心を無視することではなくて、何を恐れ避けることに意
 味があって、今、何をすることが大切なのかを感じることなのではないでし
 ょうか。

 私たちが何度も感じる恐怖のほとんどは、それを避けようとして自分が創り
 あげているのですが、本当は自分自身がそれを克服することを望んでいるか
 らなのです。

 それは、
 「もう自分は、それを乗り越えるだけの力があるよ。
  もっと自分を信頼して、もっともっと成長しようよ」
 という、自分自身からのメッセージなのかも知れませんね。

 本当の「勇気」とは、「自分自身を信頼すること」だということのようです
 ね。

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【癒しのことば】Vol.317 2001/10/17        
 総発行部数:12,731部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「生も一度きり、死も一度きり、一度きりの人生だから、一年草のように、
  独自の花を咲かせよう」

                  -- 坂村真民(詩人)--

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 一休禅師のところへ、ひとりの老人が尋ねてきました。
 「私は今年80で歳になるのですが、いつお迎えがくるのかと思うと、不安
  でなりません。
  できればもう少し長生きがしたいと思うのです。
  つきましては、長く生きられるようなご祈祷をしていただけませんでしょ
  うか」

 一休さんは、こう言います。
 「よかろう。
  ところで、どのくらい長生きがしたいのだ」
 「はい、もう20年ほど生きていられたらと存じます」
 と老人が答えます。

 「これは欲のない人だ。本当に20年だけでいいのかな?」
 一休さんが、あきれたように言うと、老人はびっくりして、
 「そ、それではあと40年くらい、長生きできるようにしていただきたい」
 と答えます。

 「ほう、40年か・・・ますます欲がない人じゃのう」
 「では、あと100年ではどうでしょう」
 老人が思いきったように言うと、一休さんは、こんなことを教えました。
 
 「ご老人、考えてもみなされ。
  あと50年や100年、よけいに生きてみたとして、いったい何になる?
  そんな小さなことを望むくらいなら、どうして永遠に生きようという大き
  な欲を持たぬのじゃ。
  仏の教えを学び実践することは、我々が真理に目覚め永遠に生きるために
  ある。
  どうせなら、そんな大きな望みを抱いてはどうだ。もちろん、今からでも
  決して遅くはないぞ」

 老人は、一休の教えに心から感服し、その後は仏の道を学び、心安らかな人
 生を生きるようになったということです。


 「永遠に生きる」というと、何だかとても大げさなような気がするかも知れ
 ませんね。
 また、仏の教えの真髄に触れるのもちょっと難しそうな感じがします。

 でも、もし私たちが、自分の人生に満足して一生を終えることができるのな
 ら、それはまさに、「永遠に生きる」ということと同じことなのではないで
 しょうか。

 なぜなら、そんなふうに毎日が充実していれば、とても密度の濃い人生を送
 ることになり、もはや人生の長さなどは気にならなくなるでしょうから。
 こちらの方が、実感しやすいようですね。


 たとえば、かつてブッダが弟子たちにこんなことを問うたことがあります。
 「人生の長さは、どのくらいあると思うかな?」

 当時は、50年も生きれば長生きだとされていたような時代ですから、誰か
 が、
 「50年」
 とまず答えました。

 ブッダは、微笑んで、言いました。
 「違うな」

 すると弟子たちは、口々に答えます。
 「40年」
 「30年」

 そのたびに、ブッダは、首を振り続けます。

 「それではいったい、どのくらいなのです?」
 しびれを切らした弟子のひとりが、たまらずそう聞き返しました。

 ブッダは、こう答えました。
 「人の命は、一呼吸する間しかないのだ」

 
 そう・・・
 過去や未来に、心をとらわれることなく、ただ「今」自分のまわりのすばら
 しい景色を感じ、自分が楽しいと思うことをやってみる。
 そのときそのときを楽しみ、「今」を生きていれば、そんな充実した瞬間の
 積み重ねが、充実した人生を創りあげるのですよね。

 自分自身でいて、「今」を楽しむということが、いちばん大切なのですね。
 それが、自分という、他のどんなものとも比べることができない、すばらし
 い花を咲かせることになるのでしょう。

 まずは、自分がワクワクすることをはじめるということから、やってみまし
 ょうか。

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【癒しのことば】Vol.316 2001/10/16        
 総発行部数:12,725部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「私達は無知によって道に迷うことはない。
  自分が知っていると信ずることによって迷うのだ 」

               -- ルソー(フランスの哲学者)--

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 どんなことにも、決断を下すのが苦手な人がいます。

 たとえば、何かをやろうとするのに、ふたつの選択があって迷っているとし
 ます。

 ひとつを選ぶことで何かを失うことを恐れている場合もあるでしょう。

 会社を辞めて自分の好きなことをしたいけれど、食べていけるかどうかわか
 らない。
 といって、このまま会社にいても、先が見えているような気がする。

 また、どちらも魅力があって迷ってしまうときもあります。

 あれも自分がしたいことだし、これも前からやってみたいと思っていたこと
 だ。
 でも時間がなくて、どちらかひとつしかはじめることができない。

 そんなふうに、なかなか決めることができないのです。

 物事を決めるのが苦手な人は、それなりの理由があるのでしょう。
 子どもの頃に、自分が決めたことを、まわりの人から否定されることが多く
 て、いつしか自分には何かを決める能力はないと決めてしまった人もいるか
 も知れません。

 自分で選ぶよりも、誰かに決めてもらった方が安全だと思い込んでいるので
 す。

 ところが誰か他の人に何かを決めてもらうということほど、意味のないこと
 はありません。
 だって、どんなに親密な人でも、他の人には、自分が本当は何を望んでいる
 のかがわかるはずはないのです。

 または、以前に自分が下した決断で大きな失敗をしてしまって、それ以来、
 また同じことが起こるのを恐れて、無意識に何かを決めることを先延ばしに
 したり、避けているという場合もあるでしょう。

 これも、ちょっと問題でしょう。
 決断をしなかったり先延ばしにするというのは、そこから逃げ出すというこ
 とを決めるということになるのですし、たいていの場合その決断は、あまり
 いい結果には結びつかないようです。

 そんな人によく効くおまじないがあります。
 それは、
 「何でもいいから、決めてみよう」
 と心のなかで自分に言ってみることです。

 実は、人が何かに迷ってしまうというのは、どちらでもいいと思っているか
 らという場合が多いようなのです。
 
 絶対に食べていけないということがわかっているのなら、会社を辞めようか
 どうか迷うこともないはずです。
 また、会社がイヤでイヤでたまらなくて、好きなことがしたいと思っている
 のなら、迷うこともありませんよね。

 うまくいけば、それで生活していけるかも知れないし、いざとなれば他のこ
 とをしてでも食べてはいけるだろうと思う、とはいえ会社にいれば安定して
 いるだろうし仕事にもどこかで楽しさも感じている。
 だから迷ってしまうのです。

 したいことがいくつかある場合だって、同じくらいやりたいと感じているか
 ら迷うのですよね。
 そのうちのひとつが、自分にとって最も大切だとわかるのなら、迷う前にそ
 れをはじめているでしょう。

 どうしようかどうか決めかねていると、エネルギーも身動きが取れずに滞っ
 てしまいます。
 そんな状態でいれば、どちらかをはじめることになっても、別の方にしてお
 けばよかったと、後悔が残ることになるでしょう。

 いつまで迷っていても、最良の選択ができるわけではないのです。

 でも、とにかく「自分で」決めてみれば、エネルギーが動き出し、何かがは
 じまって行くようです。
 そして、いちばん大事なのは、自分の決めたことを尊重するということなの
 ではないでしょうか。
 もともとどちらを選んでもいいと感じていたのですから、とにかく選んだ方
 に、もう迷うことなく全力投球していきましょう。

 どんな小さなことにも、そんなふうに決断をしていくと、不安も消えていき、
 やがて自分の決断する能力に気づいて行くでしょう。
 その能力とは本当は、どちらを選んだとしても、それを最良の選択にしてい
 くことができるという力なのです。

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【癒しのことば】Vol.315 2001/10/15        
 総発行部数:12,698部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「世界がどうあるか、が不思議なのではない。
  世界がある、ということが不思議なのだ」

     -- ヴィトゲンシュタイン(オーストリアの哲学者)--

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 「ねえ、どうして地球があるの?」
 図書館へ行ったときに、ふいに小学生の娘がそう聞いてきました。

 子どものための科学書などのコーナーの前で、雨がなぜ降るのかということ
 を図鑑を見ながら、知ったかぶりで教えてやっていたときのことです。
 そのなかに地球の断面図のようなものがあったので、それを見て娘はそんな
 疑問を持ったのでしょう。

 私は、別の解説書を探し出して、地球についてあれこれ説明してみました。
 地球はどうやって誕生したと考えられているのか、広大な宇宙のなかでどん
 な位置にあるのか、太陽などと比べて大きさはどうなっているのか・・・

 ところが、その答えは娘を納得させるものではなかったようでした。
 
 「でも、どうして地球があって、その上にわたしがいるの?」
 さらに、そんな質問を返してきたのです。

 私は、返答につまりました。
 確かに、この地球については、その仕組みを、いろいろな研究の成果に従っ
 て解説してみることはできます。
 でも、なぜ地球そのものがあるのか、ということに関してはどうでしょう。
 とても、その理由を娘が納得できるように説明することはできません。
 第一、私自身が、その疑問に対する明確な答えなど、持っているはずもない
 のです。

 そもそも、私が信じている地球の研究にしたって、自分がこの目で確かめた
 わけでもありません。
 そう説明されているからということを、勝手に信じているだけのことに過ぎ
 ないのかも知れません。

 そういえば、私も子どものころには、同じような疑問を感じていたような気
 がします。
 
 「どうして、この世界は存在するのか」
 というような・・・

 果たして、その疑問に対して私はどういう回答を得たのでしょうか。
 あるいは結局わからないままだったのなら、そのことにどう折り合いをつけ
 たのでしょうか。
 そんなことを考えたこともなかったし、覚えてもいなかったのです。
 
 ・・・私はしばらく、ちょっと奇妙な感覚に襲われてしまいました。

 考えてみれば、この世界は不思議なことだらけです。
 子どもにとってみれば、わからないことばかりで、何もかもが疑問だらけな
 のでしょう。
 無理もありません、まだこの世の仕組みなどが、よくわかっていないのです
 から。

 では、大人は、この世の仕組みがすべてわかっているのでしょうか?
 ひょっとしたら、わかっているのではなくて、日常生活のなかで、すべてに
 慣れてしまっていて、不思議を不思議と思わなくなっているだけなのかも知
 れません。

 わからないことがあっても、これまでの経験で、これはこうなんだ、あれは
 こうなんだ、と自分なりにわかったつもりになっているだけではないでしょ
 うか。

 確かに、考えても考えなくても、あるものはあるし、それはこうなるという
 ことは、当たり前だとも思えます。

 でも、その当たり前は、本当に当たり前なのでしょうか。

 そういえば最近の私は、何かをやろうと思っても、何となく物事の成り行き
 が見えてくるような気がして、結局やらないということが多かったのです。
 やってもいないうちから、何が起こるか、どうなるかということまでわかっ
 てと思い込んで、簡単にあきらめてしまっていたようです。

 しかし何が起こるか、はじめてみれば物事がどういう経過をたどるか、など
 本当はわかるはずもないのです。
 何もかも、わかったつもりになっていて、いろいろな可能性や、本当に大切
 なものがわからなくなっていたのかも知れません。

 やってみないと、それがどんな結果になるかわからないのですよね。
 この世界では本当はどんなことでも起こりうるものなのでしょう。
 そして私たちが、今ここにいるのは、自分の潜在力や可能性をこの世界で実
 現させていくためなのかも知れません。

 わからないものをわからないと思える心、不思議なことを不思議と感じる心。
 そんな心を大事にしていれば、この世界はもっと可能性に溢れ、もっと楽し
 く多くのものに感謝できるのでしょう。

 私は、娘に、
 「地球があるのはね、自分がやりたいことを、やるためにあるんだよ」
 と、思わず言っていました。

 娘はこんな親父に、何を聞いても無駄だと思ったのか、すでに他の本を見は
 じめていて私のことばが聞こえたのかどうかはわかりません。
 でも私にとっては、またこの世界がすばらしさを実感できた瞬間だったので
 す。

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【癒しのことば】Vol.314 2001/10/12        
 総発行部数:12,637部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
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 「もっとバラの花が欲しければ、もっとたくさんバラの木を植えなさい」

        -- ジョージ・エリオット(イギリスの小説家)--

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 「私はいったい、どうすればいいのでしょうか?」
 悩みを抱えている人のなかには、誰かに相談するときに、そんな質問をする
 人がいます。

 考えてみれば、これはおかしなことです。
 
 たとえば、道を歩いているときに、
 「自分は、いったいどこへいけばいいのでしょうか?」
 と、誰かに訊いているようなものですよね。

 そんなことを、誰か自分以外の人が知っているはずはありません。

 もし、本当に誰かにアドバイスを求めるのなら、まず自分の行きたい場所を
 はっきりと決めてから、
 「自分は、こういうところへ行きたいのですが、どの道を行けばいいのでし
  ょうか?」
 という形になるのではないでしょうか。
 
 どんな人でも、この世界に生まれてきた限りは、必ず自分が行きたいところ、
 やりたいことががあるはずです。

 それがはっきりしていれば、どんなに道に迷っても、思わぬ出来事に行く手
 を阻まれても、前を向いて歩いていくことができるのです。
 そこへ向かっていく旅こそが人生だといえるのかも知れません。

 また、人生の目標に限らずどんなことでも、まず自分がこうしたいという
 「考え」があって、その「考え」がそこに向かって進んでいくという「行動」
 を起こし、「行動」が「実現」を生み出すという法則があるようです。

 それが、家を建てたいという目標でも、英語を話せるようになるというもの
 でも、同じです。
 目に見えるものでも、見えないものでも、大きなことでも、些細なことでも
 この法則は変わることはありません。

 その法則によると、今の自分やとりまく環境を創りあげているのは、自分だ
 ということにもなりますよね。

 さらに言うと、自分の行きたい場所を明確にしさえすれば、あとは自分が何
 をすればいいのかが明確になり、迷うことはないですよね。
 もし、どうやってそこまで行けばいいのかがわからなくなったら、自分で調
 べてみたり、いろいろ試行錯誤してみたり、誰かに訊いてみるという方法が
 考えられるのではないでしょうか。

 だとしたら、
 「自分は、どうしたらいいのかわからない」
 という人は、自分の行きたいところを見失っているようです。

 あるいは、行きたいところがわからないのではなくて、いろいろな恐れや不
 安で、それが見えなくなってしまっているだけなのかも知れません。
 そんな人は、自分のやりたいことはあっても、それは無理だと内心で思って
 いたり、自分に限界を課してしまっているようです。

 もちろん、今の自分から判断して、未来のことを考えてみると、人によって
 は、自分にはとても、その目標を実現できるだけの能力はないとしか思えな
 いかも知れません。

 でも、さきほどの法則から見ると、その「考え」こそが、今のそう思ってい
 る自分を「実現」させていることになるのではないでしょうか。
 そして、「行動」とは、悩んで自分の目標に進んでいくことをしないという
 ことです。

 今、自分が何を持っているかにもって、この先何を持てるかを決めたり、何
 ができるかで自分がどんな人かを決めるほど意味のないことはありません。
 
 それは「限界」という幻で自分を縛り上げているようなものです。
 そんな幻を創りあげたのも自分が過去に決めたことだということに気づいた
 ら、いつまでもそこにいる必要はありません。

 もっともっと自分の、無限の可能性を信じて、自分の行きたいところへ向か
 って進んでいきましょう。
 
 「無限の可能性」・・・ひょっとしたら、「現実には限界があるじゃないか」
 と反応してしまう人もいるでしょうが、、その思いも自分の「考え」が創り
 あげているかも知れないという可能性も「考え」てみてくださいね。

 
 自分の「考え」が、自分の世界を創りあげている。
 この世界の本質は、いつもシンプルなもののようです。

 バラの花がもっと欲しいのなら、欲しいだけのバラを植えればいいのです。
 そうすれば、自分の望むバラの花を手に入れることができるでしょう。

 自分の行きたい場所があるのなら、一歩ずつそこに向かって歩いていけば、
 いいのです。
 そうすれば、いつかはそこへたどり着くでしょう。

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【癒しのことば】Vol.313 2001/10/11        
 総発行部数:12,652部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
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 「幸福とは幸福を探すことである」

        -- ルナール(フランスの小説家・劇作家) --

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 私たちは、幸福と不幸を測るのに、ついこんなふうに目盛りが付けられてい
 る「ものさし」を使ってしまいがちなようです。

 うまく行っている方が幸福、思い通りにいかない方が不幸。
 たくさん持っている方が幸福、持っているものが少なければ不幸。
 楽なのが幸福、苦しいのが不幸。

 確かに、
 「何もかも思い通りに行かなくて、ほしいものも持てなくて、毎日苦しい仕
  事をさせられている」
 という状態よりも、
 「すべてがうまく行っていて、何でも持っていて、仕事も楽だ」
 ということの方が、幸せだと思えますよね。

 これは一面の真実ではあるのでしょう。

 ところが、この「ものさし」で幸福・不幸を測ることの問題点のひとつは、
 今の自分の状態を測ってみて、幸福の度合いが大きくなったとよろこんでい
 ても、すぐに目盛りが小さい方に戻ってしまうということなのです。

 たとえば、欲しいものを手に入ることが幸福の目盛りを上げていくことにな
 るのですが、ひとつのものを手に入れたとしても、他に欲しいものが出てく
 れば、それを持っていないということで、その目盛りは小さくなってしまい
 ます。
 つまり、幸福を感じる度合いが少なくなってしまうのです。

 仕事が楽になったといって幸福の目盛りが上がっても、いつまでも続きませ
 ん。
 他の人の仕事を見れば、もっと楽そうに見えたりして、また目盛りが元へ戻
 ってしまいます。

 元に戻るだけならいいのですが、この目盛りは、前よりも幅が広くなってし
 まっていることもよくあるようです。
 すると、今度は幸福を測るのにも、なかなか数値が上がらないということに
 もなってしまうのです。

 持てば持つほど、もっと欲しくなってしまいます。
 ものごとがうまくいっていれば、努力もせずにもっともっと思うような結果
 が欲しいと欲望が湧いてきます。

 どんなに持っていても、こんな「ものさし」で測っていれば、どれだけあれ
 ば充分かという数値がどんどん大きくなるので、、どこまでいってもこれが
 本当の幸福だという答えをみつけることが難しくなってしまうのです。

 さらに、もうひとつの問題点をあげてみると、測ってみて得られた数値が必
 ずしも、本当の答えと一致しないということです。

 たとえば、これだけものがあれば、これだけ思うようにものごとが進んでい
 れば、これだけ楽なのなら・・・
 「ものさし」の数字の上では、確かに幸福だという答えが出ているはずなの
 に、その人にとっては、全然幸せではないということもよくあるようです。

 また、とてもつらい目に会っていて、「ものさし」で測ってみれば、絶対に
 不幸の方を目盛りが指しているはずなのに、本人にとっては今がとても幸福
 だということもあるようです。

 きっと、そんな人の「ものさし」は、もっと深いところにあるのでしょう。
 これこそが本当の、「幸福のものさし」なのではないでしょうか。

 はじめの「ものさし」では、幸福のほんの一部しか測定できないようです。
 その「ものさし」が、どんな数字を指していようとも、本当の幸福を感じる
 ことにはあまり関係はないようです。

 「幸福のものさし」は、目には見えない、「幸福のタネ」や「今、自分に与
 えられているすばらしいもの」を測る「ものさし」です。
 「幸福のものさし」で測ってみれば、いつだって私たちは、自分が幸福だと
 いう答えを得ることができるでしょう。

 さあ、自分には何が与えられているのか、何をするために、この世界に生ま
 れてきたのかを感じてみてください。
 そして、「幸福のものさし」の数字をあげていくために、毎日をもっともっ
 と楽しみながら努力してみましょうよ。

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【癒しのことば】Vol.312 2001/10/10        
 総発行部数:12,667部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
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 「人間は、努力するかぎり、迷うものだ」

           -- ゲーテ --

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 いつもと同じように一生懸命やっているのに、どうも成果が思わしくない。
 前には、うまくいっていたことが、何となく簡単にはいかない。
 
 仕事でも勉強でも、そんなことがあったりしますね。
 そんなふうに、壁のようなものにぶつかって、いつものような調子がでない
 状態を「スランプ」と言ってもいいかも知れません。
 
 「スランプ」になってしまったときは、うまく気分転換ができればいいので
 すが、どうも多くの人たちは必要以上に悩んで、気分まで落ち込んでしまう
 ようです。

 考えれば考えるほど、
 「もう二度とこんな状態から抜け出すことはできないのではないか」
 「自分はもうダメなのではないか」
 そんな思いが浮かんできて、気持ちが焦ってくるのです。

 そして、もっともっとがんばろうとして、無理をしてしまうことにもなって
 しまいます。
 あるいは、やる気も出なくなってしまって、そこから逃げ出してしまうとい
 うこともあるかも知れません。

 そんなときには、なぜ「スランプ」が起こるのかということに意識を向けて
 みてはいかがでしょうか。

 たとえば、楽器でも運動でも、何かを練習しはじめたときには、余計なこと
 は考えずに、とにかく無我夢中で取り組みますよね。
 すると、目に見えて自分の上達がわかってくるものです。

 ところが、ある程度のところまで来ると、その上達が一時的に止まってしま
 ったように見えることがあります。
 それは、もう簡単に身につけることができるレベルを超えて、少し難しい段
 階に入ったよということかも知れません。
 
 あるいは、はじめは何も考えていなかったものが、いろいろなことが見えて
 きだして、自分なりにちょっと工夫をしてみようとしてみた結果そうなった
 のだということも考えられます。

 いずれにせよ、どんなことでも、上達していく過程には、その人なりの限界
 があるようです。
 それに出会ったときが、「スランプ」に陥ったときだとも、言えるのではな
 いでしょうか。

 もし、毎日毎日、何にもチャレンジすることもなく、ただ安穏と過ごしてい
 れば、壁にぶつかることもなく、「スランプ」を感じることもないでしょう。

 ですから見方を変えれば、「スランプ」にぶち当たるということは、私たち
 が、前向きに進歩しようと行動しているからだということになりますよね。
 少しでも前に行こう、成長しようという思いがあるからこそ、「スランプ」
 にも出会うのです。

 そして、そんなときこそが、私たちが自分の限界を超えて、もうひとつ大き
 くなるチャンスということになるのです。

 だとしたら、「スランプ」に出会ったとしたらら、そのことをよろこんでみ
 ましょうよ。
 それは自分が成長する機会ですし、自分には「スランプ」を乗り越えること
 ができるということを教えてくれていることにもなるのです。

 え? なぜかって?

 「スランプ」だって、自分を乗り越えてもらってこそ、よろこびを感じるの
 ではないでしょうか。
 だから彼らは、乗り越えることができる人のところにしか、やってこないと
 いうことのようですからね。

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【癒しのことば】Vol.311 2001/10/9        
 総発行部数:12,667部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「意識は欲望としてあるのであって、自分自身を選択する。
  意識は選択や決断ということを通じて、自分自身を創造していく」

           -- サルトル(フランスの哲学者)--

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 ひとつのケーキを前にして、いろいろ迷っている人がいるとします。

 ・ 今すぐに食べたいけど、明日も絶対に食べたい

 と考えると、それは「悩み」になってしまいます。

 「悩み」とはたいてい、
 「あれも欲しいし、これも欲しい」
 「あれは手に入れたいが、これも手放したくない」
 といった考えから生まれてくるようです。
 
 たとえば、こんなことが考えられます。
 「大きな企業に入って安定したいけど、別の小さな会社でやりがいのある仕
  事もしたい」
 「結婚はしたいけど、今の自由な生活は失いたくない」

 そう思いながらも、心の奥では自分でも、『そんなことできるはずがない』
 ということがわかっているので、表に出てくる悩みとしては、
 「自分がどんな仕事をしたいのかわからない」
 「この人と結婚すれば、本当に幸せになれるのかしら」
 といった形になってくるようです。

 また、ケーキをどうするのかちゃんと決めないままにしておくと、何をやっ
 ても残るのは『後悔』だけです。
 
 ・ とにかく今食べたいのだから食べよう

 そう思って食べてしまえば、次の日になれば、
 「どうして昨日食べてしまったんだろう・・・」
 と「後悔」することになるでしょう。

 これはたとえば、今を楽しむために、ただ時間を浪費していたり、借金をし
 てまでギャンブルに入れあげるといったことなどです。
 
 といって、
 ・ 今はガマンして、明日にとっておこう

 ちゃんと決めれていればいいのですが、その考えも行きすぎると次の日にな
 っても、やはり『明日のためにガマンしよう』ということになってしまいか
 ねません。

 そして、食べようとしたときには、ケーキはもう腐っていることになってし
 まっていたとしたらどうでしょうか。
 
 将来のためだと、家族との時間を犠牲にしてまで仕事ばかりに明け暮れてい
 たりしていると、気がつくと本当に大切なものを失ってしまって、「後悔」
 することになるかも知れません。
 
 だからといって、
 「こんなことなら、ケーキなど、ない方がいいんだ!」
 とばかりに、ケーキを捨ててしまったとしても、何の解決にもなりません。
 何かから逃げいては、いつまでたっても本当の心の平安を手に入れることが
 できないようです。

 これは、どうすればいいのかを誰かに決めてもらっても同じことです。
 もし、その結果が自分の思い通りにならなければ、やっぱり「後悔」を感じ
 てしまうのです。

 いずれにせよ、悩んだり後悔したりすると、人は、何て自分は不幸なんだろ
 うと考えるものですが、その不幸の最初のタネを蒔いたのは、自分だという
 ことには、なかなか気がつかないようです。
 
 その「不幸のタネ」とは、
 「今を楽しむということを、自分が選ばなかった」
 ということではないでしょうか。

 逆に、私たちに幸せを与えてくれる、「幸福のタネ」とは、
 「自分で選んで、どんなことでも今を思いっきり楽しむ」
 ということになるようです。

 これは、快楽主義者の考え方のように見えますが、本当の快楽主義者とは、
 目先にある楽しいことばかりを追い求めるのではなく、その快楽が長く続
 くように、人生を楽しんでいる人のことをいうのではないでしょうか。

 快楽も、単なる一時的な欲望では、長く続けたいとは思わないでしょう。
 そんなことも含めてバランスを取っている人のことです。
 
 そして、それはそんなに難しいことではないようです。

 ケーキを食べるのなら、今食べるのがいいのか、明日まで取っておくのがい
 いのかを考え、自分でそれを決めること。
 そして、決めたら、「ああしていれば・・・」、「こうしていれば・・・」
 と余計なことは考えずに、ただ自分の決めたことを楽しむということです。

 どんな選択だって、自分が決めたことなら、それを楽しむということが大切
 なようです。

 可能なら、毎日でもケーキを手に入れて、お腹いっぱい食べることを楽しむ
 ことだって選ぶこともできるでしょう。
 その場合も、もちろん健康や経済のことも、十分考慮にいれてということに
 なりますよね。

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【癒しのことば】Vol.310 2001/10/5        
 総発行部数:12,587部

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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
 けします。
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 「人生の歩みは、自分自身の心から始まり、自分自身の心で終るのです」

          -- ナポレオン・ヒル(アメリカの教育家)--

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 黒板を爪で引っ掻いたときの「キィーッ」という音を想像してみてください。

 たいていの人は不快な感じを持つだけでなく、耳を塞ぎたくなったり、肩を
 すくめたりと身体にも反応が起こってくるようです。

 今度は、自分の好きな場所でくつろいでいると感じてみましょう。
 草原に寝転がっている、海岸で波の音を聞いている、山の頂上で新鮮な空気
 を吸い込んでいる。

 そんなふうにイメージしてみると、心身共にリラックスしてくるのではない
 でしょうか。

 何かを考えたり想像するということは、脳の神経のなかに、ちょっとした電
 気信号が流れるということに過ぎません。
 ところが、そのちょっとした刺激は、私たちの心や感情に大きな影響を与え
 ることになるようですね。

 さらに、梅干しを食べているところを想像してみると、実際に口のなかに唾
 液が出てくるように、その考えによって身体にも反応が起こってくるのです。

 これは、良い考えでも、あまり好ましくない想像でも同じことです。
 ネガティブなことを考えたり想像したりすると、気持ちもネガティブになり、
 身体にもネガティブな反応が起こるでしょう。

 ポジティブな考えや想像は、気持ちもポジティブにし、身体もポジティブに
 反応するのです。

 そして、私たちの生き方や、この世界の受け取り方は、いつもどんなところ
 に関心が向いているか、何を考えているかということで決まってくるようで
 すね。

 ただ、私たちのの考えや関心は、どうしてもネガティブなことに引っかかる
 ことが多いようです。
 それは、人の生存本能からくることのようで、ネガティブなものを我々の生
 を脅かす警告としてより強く受け取りやすいからだということです。

 痛みがあれば、すぐにそこに感覚が集中しますし、心配事があれば何とかそ
 れを避けようと、考えがそこに集まるのです。

 それは、ある意味で私たちが生きていくのには必要なことなのですが、必要
 以上にそこに焦点を合わせて、それに振り回されることもありません。

 痛みは、身体に異変が起こったということを教えてくれている信号なのです
 から、たとえばケガをしているのなら、それに気づいて、ちゃんと手当をす
 れば、あとはその痛みや不快感と、ずっと一緒にいることはありません。

 そこにばかり焦点を合わせていれば、気持ちも落ち込んでしまうかも知れま
 せんし、元気も出てこないでしょう。

 それよりも、他の調子のいいところに焦点を合わせる方が、ずっと楽しく生
 きていけるのではないでしょうか。
 右手が痛いのなら、左手は何ともないことをよろこべます。

 さらに、右足も左足も元気だということに気づけば、もっと気持ちがよくな
 りますよね。
 他にも、身体のなかにはピンピンしているところが、たくさんあるでしょう。
 そこに焦点を向ければもっともっと元気が湧いてくるのです。
 
 もし何か心配事があったり、悩んでいる人がいたとしても大丈夫。
 人生の課題や軌道