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【癒しのことば】Vol.242 2001/6/11
総発行部数:10.012部
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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~金の毎日お届
けします。
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「神があるかないかはわからない。
しかし神がある方に賭けたら人生はよろこびに満ち、ない方に賭けたら悲
惨である。
だから、ある方に賭けてみる方がずっといい」
-- パスカル(フランスの哲学者)--
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江戸時代の儒学者に広瀬淡窓という人がいます。
豊後の国(今の大分県)の名家の長男に生まれ、小さな頃から学問を好んだ
と伝えられています。
淡窓は、24歳のときに、
「人材を教育するのは善の大なるものなり」
と、人を教えるのが自分の天職だと考えるようになりました。
でも淡窓は、幼い頃からとても病弱だったうえに、視力も弱かったというこ
とです。
一年のうちをほとんど病床ですごしていたといわれていますので、普通なら
とても学者としてやっていけそうもありません。
それでも淡窓は、意を決して家督を弟に譲り、「咸宜園(かんぎえん)」と
いう私塾を開きました。
そして、情熱をもって教育に当たり、その独特の教育や学得が広く日本国中
に知れ渡り、生涯に4600人以上の門弟を教えたということです。
この門下生からは、幕末から明治時代にかけて活躍した、高野長英や大村益
二郎らが羽ばたいていくことになります。
淡窓の残した日記は、『万善簿』と呼ばれています。
淡窓は、自分の一日を振り返って、今日は善いことをしたと思える日には、
白丸をつけ、そうでなければ黒丸をつけていったのです。
そして、この白丸と黒丸の差が1万個にしようという目標を立てていました。
それが『万善簿』の名前の由来です。
ちょっと考えてみても、1万個といえば、仮に白丸ばかりをつけていったと
してもざっと28年はかかります。
ましてや病弱の淡窓にとっては、さぞかし大変なことだっただろうと思われ
ます。
ところが淡窓は、かえってこの日記をつけることを励みにがんばり、75歳
で亡くなったときには、その差が1万6千個にもなっていたということです。
きっと淡窓は、この世界を、
「できる」
という目でみていたのでしょうね。
そんな目で見ていれば病弱な身体も、けっしてハンディとは見えませんし、
1万個という大きな数字も、自分を奮い立たせてくれる努力目標と思えてく
るのでしょうね。
ときに私たちは、やってもみないうちから、
「できるか、できないか」
と悩むことがあります。
どちらを選ぶこともできますが、
「できる」
を選べば、どんな大きな目標だって必ず到達できる確信が湧いてきます。
でも、
「できない」を選べば、ちょっとしたことも大きな障害に見えて、とても目
標なんかに辿りつけるわけがないと思えてくるのです。
同じように、
「これは私の天職か、そうでないか」
「これをやることが正しいか、間違っているか」
「この世界は楽しいか、苦しみに満ちているか」
と考えてしまうこともあります。
でも、やってもみないうちから、そんなことで悩んでいても仕方ありません。
どうせなら、
「こうだったらいいか、そうでないほうがいいか」
と考えるクセをつけてみてはいかがでしょうか。
たとえば、
「できたほうがいいのか、そうでないほうがいいのか」
「天職であるほうがいいのか、そうでないほうがいいのか」
私たちはどちらでも、選べるのですよ。
さて、
「この世界は、楽しいほうがいいのか、苦しみにみちているのがいいのか」
それを選んでいるのは、自分自身ですよね。
あなたは、どちらの世界を生きていると思いますか?

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