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【癒しのことば】Vol.183 2001/3/9
総発行部数:5427部
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※古今東西の名言から、ストレスを和らげ心を癒すことばを月~土の毎日お届
けします。
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「今できないことは、10年たってもできない。
思いついたことはすぐにやろう」
-- 市川左團次(歌舞伎俳優)--
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彼が、絵描きになりたいと思ったのは、小学校4年生のときでした。
直接のきっかけは、ある絵画コンテストの小学生の部で、金賞を取ったこと
でしたが、そのころ両親に連れられて行った美術館で見た、ヨーロッパの印
象派画家たちの絵に、かなり感動を覚えたことも影響しているようでした。
いつか、あんな絵を描いてみたい・・・
もし僕の絵が、こんなふうに美術館に展示されていたら、いいだろうなぁ・・・
彼は、そんな夢を心に抱くようになったのでした。
彼は、もともと絵を描くことが好きでした。
両親や教師も彼の絵に、特別な才能のかけらを感じていました。
でも小学生の彼は、絵画教室へ通うとか、毎日デッサンの練習をするとかい
うことは、考えていないようでした。
絵を描くことは好きでしたが、テレビを見たり、同級生たちと遊んだりする
ことも、同じように楽しかったのです。
それに、まだまだ時間はたっぷりあるのです。
中学に入ると、彼はいきなり学級委員を任されたり、学習塾へ通いだしたり
と、急に忙しくなってしまいました。
それでも、画家になりたいという夢は、ずっと持ち続けていました。
ただ彼は、そのうち絵の練習をしようと思いながら、高校時代も勉強や遊ぶ
ことに時間をとられてなかなか思うようにいかなかったのです。
卒業式は、彼にはとても大きな意味を持っていました。
やっと、自分自身で時間をコントロールすることができるようになるのです。
とりあえず彼は、就職をして学費を貯めながら独学で絵を勉強することにし
ました。
そのため、両親の家をでて、会社の寮に入りました。
2,3年したら、美大かデザインの専門学校へいくつもりだったのです。
はじめての仕事は楽しかったのですが、寮に帰ると彼は疲れていたので、と
ても絵を描くことはできませんでした。
数年してすっかり仕事が面白くなった彼は、もう美大へ行くことなど忘れて
しまっていました。
でも、いつかは絵を描いて、偉大な画家になるんだということは夢見ていま
した。
いつも頭に浮かぶのは、自分の絵が世界中の美術館に飾られて、人々がそれ
を賞賛しているところだったのです。
やがて彼は結婚し、子どももふたり生まれました。
仕事や家族を愛していましたが、ある日彼は知りました。
もう画家になるどころではない、もはや毎日が生きるための戦いになってし
まっていることを。
そんなころ、彼は道を歩いているときに、車にひかれてしまいました。
幸いケガはたいしたことはなかったのですが、車にぶつかった瞬間、自分の
夢のことが頭に浮かんだのです。
そして、何かに裏切られたような気がしました。
誰が裏切ったのか、何が裏切られたのか……
彼は、病院のベッドの上で、すべてを理解しました。
自分自身が、自分の夢を裏切っていたのです。
彼はこの何年か、いちまいの絵も描いていませんでした
もし、夢を実現させるために、毎日すこしづつでも絵を描く努力をしていた
ら、偉大な画家になれかかも知れなかったのに、彼はそれをしなかったので
した……
「いまというときいまはなし、『ま』の字きたれば『い』の字すぎゆく」
という道歌があります。
「いま」の「ま」を言ったときには、もはや「い」の字は過ぎ去り、もう二
度とは帰ってこないということですね。
さあ、この大切な「いま」に何をやりましょうか。

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